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samurai 美しくなれる興奮の解説】作者本名鈴木峰晴表紙ページ【サイトナビ】に戻る。

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美しくなれる興奮の解説】

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日経新聞に掲載されていた快感から導かれる分泌ホルモンベータ・エンドロフィンの効果
脳内物質」についての、個人的所見

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人間の生身と言う現実から逃げていて、本当の人間は理解出来ない。

美しくなれる興奮の解説】

人間の生態を追求して行くと「本能」にぶち当たる。

この本能を、動物的などと単純に切って捨てないで、
人間の脳の能力や活動を良く考察する事に拠って、
美しくなれる良い対処方法が見つかるのではないだろうか?


美しくなれる興奮の解説・本文
前書き
フェール・エチル・アミン(一目惚れホルモン)
オキシトシン(脳内愛情麻薬・抱擁ホルモン)
右脳・左脳とベータ・エンドロフィン
ベータ・エンドロフィン
側坐核(そくざかく)=線条体(せんじょうたい)
アルファ波
右脳左脳
エストロゲン
アドレナリン
セロトニン
性への理解
ミラーニューロン
美しくなれる興奮の解説・本文まとめ

美しくなれる興奮の解説・付記 】

記載項目次ジャンプクリック

前書き
フェール・エチル・アミン(一目惚れホルモン)
オキシトシン(脳内愛情麻薬・抱擁ホルモン)
右脳・左脳とベータ・エンドロフィン
側坐核(そくざかく)=線条体(せんじょうたい)
ベータ・エンドロフィン
アルファ波
右脳 ・左脳
エストロゲン
アドレナリン
セロトニン
性への理解
ミラーニューロン
美しくなれる興奮の解説・本文まとめ
美しくなれる興奮の解説・付記
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前書き

前書き

昔から「青白き秀才」と言う表現がある。

青白きの表現は痩身体を意味し、つまり秀才に肥満体は似合わないのである。

一見、「知」と「肥満」は余り関係ないように見えるが、昔から太った秀才は珍しかった。

何故こんな事を言い出すかと言えば、実は「頭脳労働」が意外とカロリーを消費しているのだ。

勿論、あくまでも一般論で、固体差や食生活差があるので一概には言えないが、同一条件下であれば頭(脳)を使う生活の方がカロリーを消費して肥満を抑える効果がある。

所謂(いわゆる)研究者が然(さ)したる運動をしなくても痩せている主因は二つ、一つは「頭脳労働」に忙しくて食欲を忘れる事だが、もう一つが「頭脳労働」に拠る想像以上のカロリーの消費である。

総体的に、「難しい話は嫌だ」と言う生き方を選択している者に肥満体々型の事例が多い。

まぁ改めてここで取り上げなくても頭(脳)の中が食欲で一杯であれば、難しい「頭脳労働」が苦手なのは自明の理である。

美しく成るには肥満は大敵である。

ダイエットも運動も良いが美しく成るには脳の活性は必要で、この「脳」の話しを、「難しい話は嫌だ」とは言わずに読んで欲しい。


最近の研究で、脳を騙して成長ホルモンを出させる若返りの研究が、成果を挙げている。

従来より筋肉の衰えが「老化の顕著な現われ」とされて来たが、この筋肉老化現象を従来考えられていたような無理な筋肉トレーニングをしなくても、一つのトレーニング動作をユックリやる事で脳は「運動が継続している」と判断して必要な筋肉を作ろうとし、老化する身体の不具合を制御する事が判って来た。

このスロー筋トレの後にやはり無理の無い程度の有酸素運動(自転車こぎや軽いランニング)をすれば余分な体脂肪を燃焼させスリムになる事も研究されている。

つまり脳には、自らの体調を整える能力が備わっているのであるから、そこにどう言うシグナルを送るかが問題なのである。


人間を含む生物の機能は便利に発達していて、脳に拠る状況感知により必要な時にはその状態に対応したホルモン物質を生成して送り出し、自らをコントロールする力を持って居る。

これが「信仰の奇跡」に結び付く。

そこら辺りを熟知して利口に応用するか、無知のまま何もしないかで長い人生々活に結構な差が付くかも知れない。

その脳の能力として、ホルモン物質「脳内快感物質ベータ・エンドロフィン」の発生が数えられる。

ベータ・エンドロフィンは、脳と深く関わる脳内麻薬(快感ホルモン)であるが、アルコールや、麻薬を含む薬剤と違い、体内で生成される無害の分泌ホルモンである。

最も身体に「安全な脳内麻薬(快感ホルモン)」と言うだけでなく、体調や精神を整える効果がある良質な脳内麻薬で、老化と伴に訪れる体の痛みをそれと知らずに緩和する鎮痛作用の働きもある。

鍼灸のツボ治療も、刺激によって脳の受け持ち部分を、ピック・アップ・ワンポイントでベータ・エンドロフィンを分泌させる為の行為である。

ベータ・エンドロフィンには麻薬作用に拠る痛みの緩和に止まらず、その発生に誘発されてセロトニンが送り出され、細胞の活性効果による自然治癒効果や、精神を安定させる効果もある。

セロトニンは、「脳内快感物質ベータ・エンドロフィン」の発生に誘発されて送り出される伝達阻害物質である。

脳内麻薬・ベータエンドロィンや痛みの伝達を阻害するセロトニンが脳で感じる神経性の痛みを抑止している間に、自分の免疫細胞が活躍して半年から一年で自然治癒するケースが存在する。

現に椎間板ヘルニヤの自然治癒症例が、医学界では常識に成って来ている。

この痛み抑止・セロトニンや脳内麻薬・ベータエンドロフェンが脳内に噴出して痛みを抑止する切欠に成る物の一つが「信仰の奇跡」で、「信じる者は救われる」の主因である。

つまりこの場合の信仰効果は、宗派・教義が問題では無く、本人の信心具合でセロトニンやベータエンドロフェンが脳内に活躍する環境を作るのであるから、「信じる信仰は何でも良い」のである。

信仰は右脳域の感性に宿るから、脳内麻薬・ベータエンドロフェンの脳内に噴出に応じて「幻影を見せる事」も在る。

そしてこう言う事象に遭遇すると、その信者の信仰は拠り一層深まって行く。

勿論精神の安定を求める方も多いから、その方が信じる信仰を一概に非難や否定は出来ない。

只、「信仰の奇跡」は、脳科学の発達に拠って解明されつつある。


フェール・エチル・アミン

フェール・エチル・アミン

人間は何故一目惚れするのか?

「惚(ほ)れる」と言う行為は、「大脳辺縁系」の「情動反応に伴って発生する」とされる「情動性自律反応」になる。

そのメカニズムは、本能をくすぐる脳内ホルモン・フェール・エチル・アミンの効果である。

元々生命科学的に言えば、人類の男女は惚(ほ)れ脳内ホルモン・フェール・エチル・アミンの作用に後押しされ、出会いを持って「性交相手の選択行為」をする生物である。

「惚(ほ)れる」と言う事は「恋する」と言う事で、フェール・エチル・アミンの効果である「惚(ほ)れる」は、脳内処理的には「性交の前駆作業」であり、気取らないで生物学的に言えば脳内処理的には「性交相手の選択行為」である。

その男性と女性の脳内ホルモン的な「性交相手の選択行為」の「惚れ薬」がフェール・エチル・アミンと言い、これが本能をくすぐる「恋のトキメ」を促進させる影の立役者の物質である。

また、ペット(愛玩動物)を一目で「可愛い」と惚れ込むのにも勿論何かの脳の働きが在り、つまりその原因はこの脳内ホルモン・フェール・エチル・アミンの効果である。


フェール・エチル・アミンは、異性に対して脳内で分泌されるトキメキホルモンで、この時点では「惚(ほ)れ行為」であるが、その「惚(ほ)れ行為」に集中力や快感を倍増させる作用がある。

簡単に説明すれば、「恋する」や「惚(ほ)れる」と言う行為そのものに快感を感じさせたり、その想いを募(つの)らせる(集中させる)作用がある脳内ホルモンなのだ。

つまりフェール・エチル・アミンは、「人類の種の保存」を脳科学的に促進させる作用があるホルモンである。

そしてその「惚(ほ)れる」が片思いであれ両思いであれ、パターンに関係なくフェール・エチル・アミンの作用であるから、迷惑なストーカー行動の源も「惚(ほ)れる」の範疇にある。

心して自覚が必要だが、フェール・エチル・アミンの作用は「性犯罪」をも誘発する側面を持っている事である。

「惚(ほ)れる」と言う行為から始まって、片思いの想いを相手に伝える踏ん切りを後押しするのがフェール・エチル・アミンの作用である。

しかし「惚(ほ)れちゃったから仕方がない式」の盲目の一方的求愛は、フェール・エチル・アミンに後押しされてストーカーに発展する危険も内包している。

故に、本人が「惚(ほ)れた」と想った事は「フェール・エチル・アミンの作用である」と言う客観的な意識が無いと、自分のコントロールを失う事になる。


現代の理解では、誓約(うけい)の性交など否定的な風潮にある。

その考え方は近頃の個人尊重の考え方に在り、「愛の無い性交」など建前上否定される事柄だからである。

しかし本来、「愛の無い性交」など古来から特別の事ではない。

社会通念とか常識とかには「建前もあれば現実」もあり、言ってみれば人間は「性」に対して興味や性癖が在るのは密かに現実と認められる社会通念とか常識とかに合致している。

つまり口に出さないだけで、建前とは別の観点から観た密かな社会通念とか常識が存在するくらい誰でも知っている認識である。

当然ながら、フェール・エチル・アミンに後押しされて、双方が一瞬でも「惚(ほ)れの合意」に到れば性交に及ぶ事に成る。

むしろ建前を外した本音では、「犯りたい」を後押しずるのがフェール・エチル・アミンの本来の役目である。

「好きに成った相手と性交に及んで何が悪い」と開き直られれば、仰(おっしゃ)る通りであるが、その時点で「好き(恋)」を短絡的に「愛」と勘違いしているのだ。

だが、「愛」は連れ添ってから時間を掛けて育(はぐく)むもので、この時点での性交に及ぶ価値観はまだ「恋止まり」である。

昔から「恋の病」と言う様に、「恋と言う偽りの愛」を勘違いしているから「こんな筈ではなかった。」とカップルの解消や結婚を解消し離婚する事に成る。

つまりフェール・エチル・アミン効果で、良く知らない相手とでもフィーリング(感覚)で性交が可能で、ならば深い意味での「愛情」なんか無くても別の理由でも性交は可能である。

まぁ出会いも惚(ほ)れ方も様々で、周囲や親の薦める結婚でもその出会い時点でフェール・エチル・アミンが作用すれば、自由恋愛でなくても性交が可能な理屈は合う。

だから誓約(うけい)目的だろうが親の薦める結婚だろうが、地位や財産目的だろうが、夢を適える手段で在ってもフィーリング(感覚)で性交が可能である。

それでもその婚姻が永く続いて、互いに「愛情」が芽生えればカップルとしては最高の結末と言える。

つまり「愛情が唯一の性交理由では無い」としたら、めんどくさい色恋を無しにした夫婦合意の上での「遊びの性交」は理論上成り立つ事に成る。

確かに「性」は建前ではタブーだが、正直ヒューマン(人間的)として皆が「性」に興味が在って当然で、それで無ければアダルトビデオや裏ビデオが一般家庭まで蔓延する筈が無い。

そしてヒューマン(人間的)として「性」に興味が在るのならば、尋常な性交など詰まらぬものである。

女性の女盛りは精々十五年〜二十年間、年齢にすれば十八歳〜大目に見ても三十八歳と言う所で、その間を硬く生きるか、多少は羽目を外して愉しむのかは本人の生き方の問題である。

だからこそ、その興味は単純なものに止まらず、本能をくすぐる様に生々しく卑猥であれば卑猥であるほどその興味を満足させるものである。

常識々々」と声高に批判されるかも知れないが、それは流れ行く歳月をどう生きるかの問題で、平凡なら平凡の、非凡なら非凡な人生が在り、平凡(常識)であれば非凡ほど人生は愉しめない。

そして夫婦のフィーリング(感覚)で「遊びの性交」を愉しんでも、それは個人の価値観の問題で、他人がとやかく言う必要は無い。


オキシトシン(脳内愛情麻薬・抱擁ホルモン)

オキシトシン(脳内愛情麻薬・抱擁ホルモン)

フェール・エチル・アミンとは別に、結果型のホルモン=オキシトシン(脳内愛情麻薬)がある。

多少の個体差が在るので一律的な効果とは言えないが、「女性は一度男性と性交渉をしててしまうと、身体の中に何か「特別な物」が分泌されて、相手にすごく執着してしまう」と言う現象がある。

その「特別な物」が、オキシトシン(脳内愛情麻薬・抱擁ホルモン)である。


このオキシトシン(脳内愛情麻薬)は、一目惚れの作用をさせる「脳内ホルモン・フェール・エチル・アミン(トキメキホルモン)」の結果で発生する物質ではない。

つまり一方的な感情では無く、あくでも接触行為が実在してから発生する分泌ホルモンである。

食事や性行為の際に分泌放出される安全な脳内麻薬(快感ホルモン)・ベータ・エンドロフィンにうながされて発生する特別な分泌ホルモンがオキシトシン(脳内愛情麻薬)である。

オキシトシンは「愛情ホルモン」とも呼ばれる脳内物質で、性行為以外では、女性が赤ちゃんに触れる時や母乳を飲ませる時、ペットに触れた時などにも分泌される。

この「抱擁ホルモン」とも言われるオキシトシンは、愛撫や抱擁などの皮膚接触や性交渉による子宮頚部(しきゅうけいぶ)への刺激によって女性の脳内に大放出される。

つまり女性には、性交渉をすると「オキシトシン」というホルモンが男性よりも多く分泌される。

このオキシトシンのパワーは強力で、分泌されると性交渉相手への愛情が強まり、無意識に離れ難(がた)くなる。

よく世間の評価では、「あの女性(ひと)、何であんな男から離れない?」と言う事例が存在するが、これはオキシトシン(脳内愛情麻薬)の為せる現象である。

産んだ子を捨ててまで愛人と出奔(しゅっぽん)する女性も、オキシトシン(脳内愛情麻薬)効果が働いての間違いと言える。


このオキシトシン(脳内麻薬)効果の証明は、日本の旧来の親同士が勝手に決めた婚姻形態で説明が着く。

以前の日本の婚姻形態では、親同士が勝手に決めた婚姻や親の都合の政略結婚で「新婚初夜まで相手の顔さえ見た事が無かった。」なんて事も多々在った。

しかし初夜で初対面だったとしても、その夫婦が結婚後に関係が成立するのはその後の性交渉の依るオキシトシン(脳内愛情麻薬)の効果である。



右脳・左脳とベータ・エンドロフィン

右脳・左脳とベータ・エンドロフィン

人間を含む生物の機能は便利に発達していて、脳に拠る状況感知により必要な時にはその状態に対応したホルモン物質を生成して送り出し、自らをコントロールする。


そこら辺りを熟知して、利口に応用するか無知のまま何もしないかで、長い人生々活に結構な差が付くかも知れない。

これはその脳の能力とホルモン物質の話である。

また、人間の発想は、理性(左脳域/計算)と感性(右脳域/感情)どちらかが基で、「無意識脳」と言われる「右脳域の観念」か、理性的意識能力系統を司るとされる「意識脳」の「左脳域の計算」のどちらかが働いて答えを出す。

つまり恋愛は、「理性の左脳域」でするものか「感性の右脳域」でするものなのかさえも定説は無く、とどの詰まりはケースバイケースであり、同様に日本史に混在する「文化としての歴史の虚」と「現実の歴史の実」は、そうした人間の「左脳域と右脳域」の働きとリンクしている。


人類は他の動物と著しく違う発達した脳を持つ事で進化を続け、文明を築いて来た。

その発達した脳とは、右脳と左脳が役割を分担して相乗的に進化したものである。

二足歩行を始めた発達初期の頃の人類に於いては、右脳域の感性は「危険察知の為の想像力に始まった」と考えられ、事前に想像する事で「少しでも危険を回避出来れば」と右脳は徐々に発達して行った。

そうした過程の中で、右脳域の感性は五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)を発達させ、それらを組み合わせた信仰・空想・絵画・音楽・映像・文学などの感性を社会生活の中に構築した。

つまり歴史的に文化と呼ばれるものは、「右脳域の感性が働いた結果具現化された」と考えれば良い。

同時に、右脳域の感性とはまったく正反対の左脳域の理性と計算が、その空想的想像力の危な気な部分を現実的に処理する為の補完機能として右脳を発達させた。

誤解して貰っては困るが、脳の思考が右脳域の感性と左脳域の理性に役割が分担されていても、現実問題として人間はその両方を一度に働かせて居て、つまり世に言う右脳人間・左脳人間などと言う極端な者は存在しない。

つまり右脳派人間や左脳派人間の括(くく)りは、結論の主体をどちらに置いて主張行動するかの性格的な問題で、脳その物が偏って働いている訳ではない。

解説すると、通常人間の思考は常に右脳域の感性と左脳域の理性のどちらかの思考を主体にするかの選択をして居て、芸術関係の右脳域の感性を主体にした思考の中にも左脳域の理性が混在しているのが通常の事である。

右脳域の感性と左脳域理性は思考の中で混在する物だが、肝心な事は、視点を何処に置いて思考をするかで論点は変わり、人間の主張や行動が実は右脳域の思考で初めてか左脳域の思考で初めてかでまったく違う結論を得るからである。

つまり人間の思考結果は単純に右か左かではないのだが、但し一瞬の行動の中には右脳域の感性のみが働く瞬間が在り、それこそが後先を考えない右脳域の感情の発露と言う事に成る。


結論から言うと、右脳と左脳が相乗的に発達して現在の人類が在るのだが、複雑に成り過ぎた部分も在り、一つの物事を右脳で感じ採るか左脳で計算するかで結論が変わって来る。

しかも、もっと困った事に、基点を右脳域の感性に置いて始めた思考に左脳域の計算が加わったり、基点を左脳域の計算に置いて始めた思考に右脳域の感性が加わったりと一筋縄では行かないのが人類の思考回路である。

その複雑な思考回路の人類と言う存在を前提とせず、その時々に都合の良い発想を選択して解決しようとする事が、様々な矛盾を成立させているのである。

そして困った事に、何事にも簡単に決着したい人々が「私は左脳人間、私は右脳人間」と決めたがるが、実はそんなに簡単なものでは無く、普段「左脳・右脳」のどちらかの傾向が強い方でも、弱い方の脳域で思考した事を都合良く判断に使う複雑さを持ち合わせているのが人間である。

人間が進化の過程で、手で物を作るように成って左右どちらかが利き腕に成ったのだが、人類の九割が右腕が利き腕に成って行った過程が左脳の発達をうながし、左脳域の理性と計算が人類の武器となった。

つまり左脳域の理性と計算は、右手が利き腕として左脳でコントロールする事から知能的刺激として発達し、その段階から人間の脳は「理性と計算の左脳」と「感性の右脳」に役割が分かれて行ったのである。

その左脳と右脳の感じ方の問題にしても、実は左脳だけでも深い浅いが在り、当然右脳にも深い浅いが在る。

例えば左脳域の理性と計算の捉え方に於いても、目先の単純な損得もあれば、「こうしたらどう言う計算になる」と先の先の結果を深読みした損得も在り、同じ損得でも採用する手段の答えは正反対になる場合もある。

右脳の感性に於いても、目先単純な感情の発露もあれば右脳の感性に左脳域の理性と計算を付加した重層的なアプローチも存在するので、「左脳と右脳」と言っても答えは幾つもあるのに一つの答えを絶対視するから、進歩しない人間は一生進歩しない。

絶えず思考して脳に刺激を与える事は、それ自体が人生に於いて有意義なもので、何かの事象に対して「自分には関わりが無い問題だ」と思考から切り捨てた時から、その分野の脳細胞の接続を失って行き無知が進行する。

つまり「左脳域」と「右脳域」のどちらかで出した答えに「絶対性」は無く、どちらも正解と言えたりどちらも不正解と言える場合もある。


ベータ・エンドロフィン

ベータ・エンドロフィン

人間の脳は大別すると左右二つに分かれている。

右脳】は「無意識脳」と呼ばれ、本能や感性に関わる活動を担当して、【左脳】は「意識脳」と呼ばれ、理性や計算を担当している。

ベータ・エンドロフィンは、この【右脳】と深く関わる脳内麻薬(快感ホルモン)であるが、アルコールや、麻薬を含む薬剤と違い、体内で生成される無害の分泌ホルモンである。

最も身体に「安全な脳内麻薬(快感ホルモン)」と言うだけでなく、体調や精神を整える効果がある良質な脳内麻薬で、老化と伴に訪れる体の痛みをそれと知らずに緩和する鎮痛作用の働きもある。

鍼灸のツボ治療も、刺激によって脳の受け持ち部分を、ピック・アップ・ワンポイントでベータ・エンドロフィンを分泌させる為の行為である。

ベータ・エンドロフィンには痛みの緩和に止まらず、細胞の活性効果による自然治癒効果や、精神を安定させる効果もある。

つまり、泣いたり笑ったりの感情の発露は、ベータ・エンドロフィンを発生させる為の「興奮」で【右脳】の仕事である。


興奮(こうふん)の要因は、「喜怒哀楽(きどあいらく)」と言われる四種類の感情の高まりに拠るものである。

先に「喜と楽」を取り上げるが、「喜と楽」は五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)による刺激から起こるものであり、その五感の要因を多く含むもの、例えば、食事(食べ物には舌ざわりなど含めて視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚全ての要素がある)や性的行為(多岐に輪たる性癖も含め五感を刺激する要因がある。)その他としては芸術的・信仰的・運動的な刺激を受けて発する感情の一つが、興奮(こうふん・ハイテンション)である。

裏返すと、これらは人間の「本能的な欲求(欲望)」であり、人間は五感を満たす為に行動している事になる。

芸術的要素には五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)刺激するものが含まれて、成立している。

つまり芸術的人気は、人の【右脳域】である五感を如何に刺激するかに掛ってくるのである。

例えば音楽芸術に固体が共感して、興奮するのはこの要素を満たされた場合である。

反対に【右脳域】である五感の要因を取り入れて、興奮をコントロールする事で信者の欲求を満たし、共感を呼ぶ事で信仰的なものは成り立っている。

運動的な刺激についても、運動する者だけでなくそれを見る立場(応援者)をも含めて、【右脳域】である五感の要因が相互に働くから、プロ・アマを問わず存在が成り立って居るのである。

阿波踊りやよさこいソーラン、サンバなどの踊り狂う(トリップ状態)事も、実はランナーズハイに似た「心地良い疲れ」のベータ・エンドロフィン効果で、原型は信仰に結び付いた盆踊り(魂とのコンタクト)やカーニバル(お祭り)なのである。

良く考えると、それらには多くの【右脳域】の要素が含まれて、拠りトリップし易いものである事が判る。

音楽ライブ会場で失神する固体が出現したり宗教儀式の場で信者が神掛かる現象も、快楽系快感ホルモン物質ベータ・エンドロフィンが脳内に分泌放出される事に拠って起こる身体的な異変である。


つまり【右脳】は、理性や計算を担当する【左脳】と違い本能や感性に関わる活動を担当しているのだから、中々理屈では割り切れないので、【右脳域】の範疇の事を【左脳】で思考すると混乱をするだけである。

これらの【右脳域】の感性の場合は、若干の誤差はあれ男女の性別に大差はない。

しかしながら性的行為に対する欲求の場合は、【右脳域】の感性であっても男女の特性が大きく分かれて来る。

その違うものは視覚である。

男女に於いて視覚の欲求に著しい違いがあるのは、自然に成立した性に於けるカップリングの役割の違いにある。

その視覚の違いを簡単に表現すると、男性の欲求は「見たい願望」であり、女性の願望は「魅せたい願望」である。

実は、女性が見せて男性を誘う形態が人間の原始的本能だから、覗き痴漢や猥褻映像に興味があるのは男性の特徴であり、女性の服装に露出度が高い(魅せたい願望)のもそうした嗜好の違いがある事である。

女性の露出願望は、本人が自覚して居る居ないに関わらず【右脳域】の潜在的本能として理屈ではなく存在する。

潜在的本能が存在するからそれが許される混浴場や海外のビーチで、この時とばかり思わぬ行動に出る淑女も多い。

そこまで行かなくても女性は、少なくとも男性の注目を浴びるには「肌を露出する事だ」と本能的に知っている。

確かにそこは痛い所で、女性は指摘されると「唯のファッションで、男性に見せる為ではない」と【左脳的思考】で猛反発するかも知れないが、それならそう言う「魅せびらかす格好」を止めてから言うべきで、都合に良い言い分である。

気を引きたがるのは本能であるから、女性の魅せたがり露出癖を非難する事は無い。


女性をチャーミング(魅力的)に魅せるには肌の露出が一番で、それが男女共通の認識だから公式の場のドレスデザインもある程度の露出は許されていて、むしろ普段より大胆である。

「ファッションだ」と言うが、ファッションは如何(いか)に己を魅力的に魅せるかの【右脳域】の感性であり、何が自分を引き立てる要素なのかを潜在本能として知っているから肌の露出がファッションになる。

人間のナチュラル(自然体)な動物的性本能で言えば、女性には選択癖があり男性には事前選択の行動がある。

買い物一つ採っても、男性は事前に決めた物を獲得する為のスッパリした買い方だが、女性は買い物に行ってから「どれを買おうか」とそこから長い選択のショッピングタイムを始める。

つまり基本的には男女の買い物の仕方と男女の仲の関係は同じ傾向に在り、男性がターゲットの女性を決めて突き進んで求愛するのに対して、「相手を誰にしよううか」と選択するのが本来の女性ナチュラル(自然体)な姿である。

勿論、女性側が男性の事前選択行動を無視して選択を終了し女性側から惚れるケースも存在するが、この場合は男性側がその女性をターゲットにしていない事も在って上手くまとまらなかったりまとまっても噛み合わない感情が残ったりする。

そこで女性が姿の上で広く男性を誘い、ターゲットを決めて行動を起こした男性達の中から女性が選択をするのがナチュラル(自然体)な構図で在る為に、女性の「魅せたがり」と男性の「見たがり」が、男女の仲の本能基本形に成っているのである。

多くの女性の場合、この部分を否定する行為が既に【左脳域】の思考で計算をしているからなのだ。

だが、簡単な話、【右脳域】の生物学的な潜在本能として、男性は【見たがり】であり女性が【魅せたがり】が備わっていて初めてカップルが成立する。

しかし女性は、社会環境の「建前」から【左脳域的】に面と向かって己の露出癖を認められない。

勿論、多くの男性を引き付けて置いて最も好ましい相手を選択するのは女性側の権利であるから女性は肌の露出をするのだが、それ故自覚の有るなしに関わらず、「見たい願望」と「魅せたい願望」が男女の性的欲求やその先にある快感欲求の基本的なものとして成立している。

そうした【右脳域】の潜在本能は、羞恥心をも羞恥快感に感じる露出願望を持ち合わせている。

性的刺激には肉体的刺激と精神的刺激があり、精神的刺激には羞恥心(露出)などによる感情刺激の興奮も存在するが、それらは全て五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)の要素を「内在させる為の【右脳域】の行動」と言える。


男女に於いて、「見たい見られたい」の視覚要求に対する違いについての、原因の解説をする。

その原因は、【右脳】・【左脳】の大別した働きのさりながら、もう一方で男女の特質的な得意分野の違いが、そのまま脳分野部分の発達箇所と成る事に影響を受けているのである。

脳はその部分ごとに役割を分担して受け持っているが、男女には特質的に夫々の得意分野があり、その得意脳分野部分の発達箇所に男女違いが在り、その顕著な違いは「男性は立体空間認識が得意」で「女性は言葉の記憶認識が得意」と言う物になる。

それを簡単に逆に表現すると、女性は男性に比べ方向音痴、男性は女性に比べ結婚記念日でさえ覚える事が苦手と言う訳である。

一方、思考に拠って問題解決をしようとした時、男女は夫々の得意脳分野部分の発達箇所脳部分を使って答えを導き出す。

学問でも恋愛でもその男女の答えが「最終一緒に成った」としても、男女は夫々に得意分野の発達箇所脳部分を使っているので、男性は立体空間認識・・・つまり視覚情報から立体映像化して、女性は言葉の記憶認識・・・つまり聴覚情報から文字化して発想を開始するので、答えを導くプロセスに違いが出る。

つまり男女の仲に於いては、固体に拠り程度の差こそあれ男性はロマンチックな愛の囁きよりも視覚に拠る女性の肉体に興奮し、女性は言葉の記憶認識で愛情を確認するのだから毎日でも毎時間でも「愛しているよ」と囁いて欲しいとする根本的な違いがあるのだ。


さて、もう一方の「怒と哀」であるが、これは簡単に説明がつく。

簡単な話し、「喜と楽」を失う、または否定された時、即ち「本能的な欲求(欲望)」が満たされない時に起こる【右脳域】の感情が「怒と哀」であるが、厄介な事にこの感情は、一時的にコントロールがむずかしい状態に陥る事である。

自身で「怒と哀」の感情を抑えるには、「喜と楽」に感情や環境を、素早く切り替える事が肝心である。

そう言う意味で、「喜と楽」には信仰や芸術など、別の【右脳域】の興奮で心を慰める目的のものが存在する。

当然ながら、「怒と哀」を抑止する最大の効果は、性行為の「喜と楽の興奮」であるが、是非とも合法の範囲内で願いたい。


右脳域】の感性が働き興奮した状態になると、真っ先に心臓の鼓動が早まり血液の循環が早くなり、同時に血管が膨張して体温が上昇するが、発汗する事によって一定の体温に保たれようとする。

体質にも選るが興奮すると体全体に赤みを帯びる人もいる。

興奮から冷める事で興奮の状態から開放され通常の状態へと戻るが、開放感などの快感を伴い精神的バランスを取る上で効果が期待できる。

興奮した状態でいる間は通常に比べ大きなエネルギーを消費する為、長時間興奮している事は体力を浪費するが、この興奮状態が快楽系快感ホルモン物質ベータ・エンドロフィンが脳内に分泌放出される事に拠って快感を感じるのである。

マラソンなどでの極限の運動でも、「ランナーズ・ハイ(テンション)」に拠る同等の快感を得る場合がある。

人間は性行為で快感を得れば、ベータ・エンドロフィンが脳内に分泌され放出される 。

快感から導かれる分泌ホルモンの効果「脳内物質ベータ・エンドロフィン」について、その生成のメカニズムを説明すると、感情の刺激により人間が笑ったり興奮して快感を感じ、【右脳域】の活動がたかまって初めて脳内物質のベータ・エンドロフィンが分泌される。

その「ベータ・エンドロフィン」というホルモンは、良い香りを嗅ぐ事や、マイナスイオンを浴びる事でも同様に分泌されが、特に食事や性行為の際に【右脳域内】で快楽系快感ホルモン物質が分泌放出される事で快感を感じるのである。

つまりあらゆる【右脳域】の快感刺激で分泌されるホルモンであるが、当然刺激に拠る快感には各々に程度がある。

実はこの快感から導かれる分泌ホルモンの効果は、鍼灸に於ける痛みを和らげる効果に始まり、精神安定(脳内ベータ・エンドロフィンを活性化させます) 自律神経の調整作用(自律神経の機能回復)を図るなどの治療効果にも生かされている。

ベータ・エンドロフィンと言うホルモンには、痛みをやわらげる作用があり、「脳内麻薬」とも言われていて、その効果は「麻酔に使われるモルヒネの数倍だ」とも言われている。

脳内モルヒネなどとも言われ、快楽系ホルモンで満足感・幸福感により脳内に分泌される脳内麻薬の事である。

この物質、ベータ・エンドロフィンは、ガン細胞をもやっつける良質な力を持っている。

良い音楽は、脳に優しかったり過激だったりする。

しかし、優しかろうが過激だろうが、脳に「一方は精神的安定、一方は精神的興奮」と言う、質の違う快感をもたらす。

そのいずれもが、脳内麻薬のベータ・エンドロフィンを生成させ、脳から不安感や痛みなどを緩和する役割を果たしている。

これは美しい物に癒されたり、荘厳な物に圧倒されたりの視覚によるディスプレイ効果も同じである。

近代医学で直る見込みの無い者が、宗教で一定の改善効果を得る症例は正にこの【右脳域】の効果の応用で、けして信仰(宗教)上の奇跡ではない立派な理由がある。

音楽や、その音楽を併用した信仰(宗教儀式)のトリップ状態やスポーツに於ける極限状態「ランナーズ・ハイ」の快感で、この作用で分泌される脳内物質ベータ・エンドロフィンが効果を上げているのであり、実は特定の信仰の教義や儀式がそのご利益をもたらした訳ではないのである。

つまり、外傷性の疾患に対する自然治癒能力と同様に、自ら脳の負担を緩和する機能をも人間は有しているのである。

そして神の奇跡、「神迎え又は神懸かり」の現象にも信仰(宗教儀式)のトリップ状態がその正体なのである。

現代科学に於いてもこのジャンルは存在を認めていて、エクスタシー状態(ハイ状態)とは恍惚忘我(こうこつぼうが)の絶頂快感状態で、宗教的儀礼などでは脱魂(だっこん)とも解説され、その宗教的儀礼に於けるエクスタシー状態の際に体験される神秘的な心境では、「神迎え又は神懸かり」に相応しくしばしば「幻想・予言、仮死状態などの現象を伴う」とされている。


側坐核(そくざかく)=線条体(せんじょうたい)

側坐核(そくざかく)=線条体(せんじょうたい)

人間個々の理性は知能の発達と伴に右脳・左脳が巨大化して高度化し、比較、判断、推理、計算、発明などの能力を持って、ホモサピエンス(知性人)を名乗っている。

しかしながら、他人の心理状態を「生理的に合わない」や「考えられない」と言って、相手の感性も考慮せず、即座に否定するのは間違いである。


人類には、巨大地震のような人知が及ばない事象をスピリチュアル(霊的潜在意識)的に納得させる為の脳部位として「側坐核(そくざかく)」が在る。

側坐核(そくざかく/脳部位)の位置は、前頭極(ぜんとうきょく/脳部位)から後頭部へ続く途中の、外部から見ると「おでこ」と「耳」の間くらいに在る二ミリ程度の小さな部位である。

人類は群れて生きる動物で、人間が群れ社会を形成し集団で仲間として生きる為に発達した脳の部位が、脳の左右に鎮座する「側坐核(そくざかく)」である。

例えば、災害ボランティアなどの共助精神は、この「側坐核(そくざかく)」の働きに拠るものである。

その「側坐核(そくざかく)」は大脳腹側の「線条体(せんじょうたい)」とされ、感性を司どり、人間の資質に存在する報酬、快感、恐怖、嗜癖(しへき)などの感性に重要な役割を果たす脳部位である。

この「側坐核(そくざかく)」の別名が、【線条体(せんじょうたい)】であるが、脳内麻薬分泌ホルモン・ベータ・エンドロフィンの快感から導かれる活性部位が「線条体(せんじょうたい)」である。

つまり脳の快楽的喜びを認知し記憶するのが、右脳と左脳の中心下部にある一対の大脳基底核の主要な構成要素のひとつ「線条体(せんじょうたい)」と言う脳の部位である。

この「線条体(せんじょうたい)」は、「習慣認知脳」とも呼ばれる無意識の意思機能、「側坐核(そくざかく)」の快感を持っている。

ギャンブルの習慣性、そして喫煙や飲酒、麻薬類の快楽感を認知・記憶して習慣性を持たせる部位で、習慣の断ち切りを阻害する「習慣認知脳」である。

その「線条体(せんじょうたい)」が、運動機能への関与や意思決定などその他の神経過程にも関わると考えられている。

簡単に言えば、性交に於いてのメカニズムも「犯って気持ち良かったからまた脳が欲しくなる」の神経過程的な働きを「側坐核(そくざかく)」=「線条体(せんじょうたい)」が受け持って判定しているのである。

つまり性交に於ける性癖や習慣性は、元々認知脳・線条体(せんじょうたい)に拠る無意識の意思機能が存在するからである。


逆説的に言えば、群れ社会を形成する為には「側坐核(そくざかく)」の働きに拠る報酬、快感、恐怖、嗜癖(しへき)などの感性が、「人間の群れ社会の根底にある」と言う訳である。

この「側坐核(そくざかく)」の報酬、快感、恐怖、嗜癖(しへき)などの感性を煽(あお)って悪用するのが、悪徳神主、悪徳坊主、占術者、霊能者などの類である。

一種の習慣性脅迫観念を醸成するのもこの側坐核(そくざかく/脳部位)で、ここに付け入られると、外から見てバカバカしい事も本人には大事な事に成ってしまう。

そしてこの側坐核(そくざかく/脳部位)の影響は、施術者に拠る洗脳効果も在り、本人が思い込んでしまうので外から何か言っても受け入れられない難しい認識になる。

「信じないと不幸になる」や「先祖の霊の為に壷を買え」は、この「側坐核(そくざかく)の恐れ(恐怖)」の弔い心理に付け入ったもので、「不思議な心理現象」と思い込み勝ちだが、元来はその心理事象に付いて合理的な説明が着く。

厄介な事に、その「側坐核(そくざかく)」を有する故に、恐れ(恐怖)をベースにした信仰心や、嗜癖(しへき)をベースにしたSM性癖(サド・マゾ)などの感性をも、持って生まれて内在している。

つまり「側坐核(そくざかく)」が感性を司どる脳部位であるが故に、理性では理解できないスピリチュアル(霊的潜在意識)やSM(サド・マゾ/加被虐願望)性癖なども、感性として存在する事になる。

そしてジュピターコンプレックス(被支配の願望)に影響を与える脳部位も「側坐核(そくざかく)」と言う事になる。



アルファ波

アルファ波

右脳域】の活性で発生するアルファ波は、人間を含む動物が「リラックス状態で脳から発する電気的振動(脳波)」と定義されている。

一般的に未睡眠閉眼時、安静、覚醒した状態などの【右脳域】の活動でより多くのアルファ波が観察され、開眼や視覚刺激時、運動時、暗算などの精神活動時、緊張時、睡眠時(就寝中)には【左脳域】が活性化してアルファ波が減少しベーター波が増加する。

運動に先だってはまずベーター増加し、運動終了後に反動的にアルファ波が増加を示すものであるが、【左脳域】がストレスで持ち堪(こた)えられなくなると例外的に運動量が突き抜けてハイ状態(ランナーズ・ハイやクライマーズ・ハイなどの過激な運動中)に成ってもアルファ波は発生する。

芸術関係(音楽・絵画・文章・映像など)の感性の部分や信仰(宗教)への陶酔時、性交時には【右脳域】の活動が主体であるが、運動関係は【左脳域】が主体となる。

固体が運動するに先だっては【左脳域】の理性的意識能力が活発化し、まずアルファ波は減少を示し、その後運動終了時にはリラックスな心理状態時に、スイッチが【右脳域】に振れて反動性にアルファ波が増加を示すものであるが、運動量が突き抜けてハイ状態(ランナーズ・ハイやクライマーズ・ハイなどの過激な運動中に起こる現象)に成っても発生する。

占いや信仰(宗教)などに於いては、当初【左脳域】の理性的意識から入ってその後の演出効果から【右脳域】の本能的無意識に入って陶酔状態に成るようにその儀式次第が完成されていて、【右脳域】の活動で「心の救いを感じる」のである。

しかしながら、こうした人間の潜在能力を「信仰に拠って強く引き出す」と言う観点から見れば、全面的に信仰が否定されるものではない。

「信じる者が救われる」は、このメカニズムからすれば当然で、アフリカなどに於ける原始宗教の音楽や踊りのトリップも、脳のメカニズム的には理に適っている。

つまり、運動終了後のリラックスな心理状態でアルファ波を発生【右脳域】の活性をはかり、悪魔(痛みによる苦しみ)を追い払う効果が、ベータ・エンドロフィンにはある。

世に踊り好き祭り好きが多いのも当たり前で、ディスコダンスでも盆踊りでも夜明かし踊ればベータ・エンドロフィンが脳内に作用して疲れ心地良いダンシング・ハイの興奮状態を招く。


信仰(宗教儀式)のトリップ状態に関して補足すると、例えばであるが、信仰の派に拠って行われる一見、「御香を焚く」と言う行為は「安らぎを与える」と解されるが、実は五感の内の臭覚を満足させ、【右脳域】を刺激してアルファ波を発生させる事に拠って「ベータ・エンドロフィンを脳内に発生させる」と言う静かな興奮の快感目的を持っている。

勇壮な大太鼓の音色、笛と金太鼓の澄んだ音色、お囃子、それらは神が舞い降りる(【右脳域】を刺激してアルファ波を発生させる事に拠って「ベータ・エンドロフィンを脳内に発生させる」)為のもの。・・・・

その神の舞い降りる所が、実は貴方の脳内なのである。

荘厳な賛美歌も、お経の読経も、神楽音楽も、コーラン(クルアーン)の祈りも、全て聴覚を刺激する事で、静かな興奮の快感をもたらす【右脳域活性】の効果がある。

つまり、信仰の上で行われる「儀式めいたもの」は、五感を複合的に利用した経験学的な快感に基づくもので、信者の共感を呼び込む科学的トリップ効果を演出しているのである。

「けして騙されている」と言いたいのではなく、その結果として心理的に好結果をもたらすなら、信じている信仰にその個人として【右脳域的】に間違いは無い。

ベータ・エンドロフィンは、人格形成にも影響がある。

脳には化学物質が充満している。

その脳に情報を微弱電気信号で伝達するのが神経系統であり、その伝達を調整したり助けたりするのが脳内物質である。

脳内物質は、神経系統の言わばコネクター(接続器)の役割を果たす。

多重人格なども、何らかのキーワード(外的刺激)に拠って、この接続が変わる事に拠って現れる別人格の体現である。

基本的に、外的刺激により脳内物質が発生、脳細胞を繋ぐ神経系統のコードを繋いだり強めたりしてその人の人格が形成されて行くのである。

つまり人の考え方は、受け入れた情報によって変わるものなのである。


人間は食事や性行為の際に【右脳域】が活性化して、このベータ・エンドロフィンと呼ばれるホルモン物質が分泌される 。

特に人間は、性行為の直後に脳内麻薬(ベータ・エンドロフィン)が大量分泌されるとの事だが、これは自らの種を後世に伝える為に、性行為に魅力を感じさせる「自然の恵みである」と考えるべきで、当然生きる基本としては「性は生に通じる」と言う事になる。


この快感の効用を、【左脳域的】な建前から派生した「謂われ無き嫌悪感」で封じ込めて良いものだろうか?

勿論社会性や倫理上の制約は考慮しなければならないが、性について発言すると、直ぐに「品格の判断に結び付け弾圧をする」と言う偏重した意識は、いかがなものか?

悠久の時を経て、命を繋いで来たのは生きる者の【右脳域】の「本能」である。

その本能を、愚かにも文明人は「嫌らしいもの」として「否定する事が文明」と思い続けている。

入り口を間違えては、如何なる発想も正しき答えは導き出せない。

あなたはこの問題を避けて、子供達の未来に「どんな教育をする」と言うのか?

元々生き物は、動物植物に限らず精一杯生き、その間に子孫を育て残す。

右脳域】の「種の保存」の本能である。

その自然の原理に逆らって子孫を育て残す事を放棄し、自らの「享楽的生活のみを追求する生き方」を選ぶ生き物は、【左脳域】が異常に発達した「人間と言う生物」をおいて他に無い。

この「本能」と、刷り込まれた「性への嫌悪感」がぶつかり合い、そこに「本音と建前」の二面性が生じる。

それ故、脳は本能と精神の板挟みに合って、絶えず苦悩している。

「本音と建前」の二面性は、言うまでも無く人間以外の生物(動植物)には存在せず、これをもって「優秀な生き物」とする意見もあるが、ある意味、それこそが人間の存在その物の苦悩である。




右脳 ・左脳

右脳左脳

調理(料理)は、基本的な科学である。

人類は食べ物を調理(料理)する事を覚えて他の動物と比べ【左脳域(理屈と計算)】を格段に進歩させて来た。

それまでの【左脳域(理屈と計算)】は、獲物を前にして「戦う(闘争)か逃げる(逃走)か」の判断を迫られる緊急時の決断が主な【左脳】の仕事だった。

そして衣服で気候(寒暖の差)や外敵から身を守るようになると、【左脳域(理屈と計算)】で裸身に羞恥心を抱くように成った。

しかし人類は、【左脳域(理屈と計算)】の能力進歩と伴に【左脳域(理屈と計算)】ばかりに価値観を偏重し過ぎて、滅びの道を歩んでいる気がしてならない。

人間の怖い所は、【左脳域】の論理的思考に拠る欲望と嫉妬である。

世の災いの元凶は、もっぱらこの欲望と嫉妬にある。

実はこの【左脳域】は、厄介な事に論理・理性の他に原始本能として「闘争本能(戦うか逃げるか)」の部分を受け持っている。

その【左脳域】の思考方向に現代人がドンドン偏重して行って、思考が残酷化している可能性を感じるのである。

近頃の「地球温暖化」も「少子高齢化問題」も、そして「教育問題」も【左脳域(理屈と計算)】ばかりの価値観で論じていては「解決しないであろう」と、この一文で警鐘を発っして居る。


論理、理性の【左脳域】が発達し過ぎた人間は、【右脳域】の原始本能を封印してしまった。

ところが【右脳域】の事は感性であるから、ピカソやムンクの作品のように元々論理的でも合理的でもなく抽象的な物になる。

つまり、性行為が合理的発想にほど遠い脳域の思考で在るからこそ、【右脳域】の本能的無意識リラックス状態を生み出すのであり、その性行為を【左脳系本能】で「そんな嫌らしい事・・」と合理的に解釈しようとするから、ストレスや抵抗感が生まれる。

凡(およ)そ、社会性を加味した人間独特の【左脳域発想】の行き着く先が「性への嫌悪感」であるから、【右脳域】の本能とは相容れない拒否意識が働くが、その分潜在的な欠落感(不安)が始終付きまとい不安定な精神状態を生じさせる。

つまり、押さえ込んだ【右脳域】の「本能」は、人間の中で行き場を失うのである。
実は、この苦悩を緩和する(脳を納得させる)為の「擬似生殖行為」として、生殖を伴わないSEX行為の合意が、人間の意識の中に「必要な行為」として与えられた。

自然の与えた本能に、けして無駄はない。

この「擬似生殖行為」も生きて行く上で必要だから進化に伴って与えた筈で、悪いものである訳がない。

実の所、複雑な思考を持つまでに進化した人間が生きて行くには辛い事も多いから、神が人間の脳に与えた「擬似生殖行為」が快楽の性交ならば、社会的な慎みさえ考慮に入れればそれを素直に楽しんでも良いのかも知れない。

人間は発達した脳の為に「擬似生殖行為」と言う生殖目的以外の性交を必要とする様になる。

そしてその「擬似生殖行為」の為に、人間の脳は益々発達して他の動物に例を見ない高知能生物に成った。

所が、愚かにも人間は、まともな人間なら誰でもして居る性行為にも関わらず、【左脳域的】な感情的にその恵みさえ建前の中に封じ込めようとしている。

性交は、秘する行為であっても恥ずべき行為ではない。

一定の倫理は必要だが、生き行く為の支えである本能を抑制する事は、ある種の偽りである。

大体に於いて、性交が見られて恥ずかしい「秘する行為」に成った理由は、性交時は周囲に無防備に成るので、サバイバル時代に外敵から身を守る必要が有った事で隠れて性交をする様に成ったのが原因である。

そこを混同して、性交、即「恥ずべき行為」と考えるのは知性が無い証拠である。

何度も言うが、性交に拠り脳内で生産されるベータ・エンドロフィンは、脳内の情報ストレスを緩和する無害な脳内麻薬である。

本来、ストレスの良い持って行き場(解消方法)は、「擬似生殖行為(繁殖や繁殖期に拘らない性交)」に拠って、人間自身が「脳の発達に対応して本能的に作っていた事に成る」のだ。

しかしそこを活用しないで、幼児虐待や家庭内暴力、禁止薬剤の乱用にストレス解消方法を持って行くのは、世間の風潮が余りにも「擬似生殖行為」を罪悪視して子供を育てているからではないだろうか?。

一時期、世の男性の間で「パイプ・カット」と言う「避妊施術」が流行した。

女性は妊娠のリスクを抱えているから当然の事であるが、「パイプ・カット」は不要な妊娠をさせて女性を傷付けない為の「マナーだ」と言う。

女性運動家のほとんどがそれには賛成で有ったが、つまりそれは【右脳域】の「生殖無き性行為(擬似生殖行為)」を、必要と認めている事に成る。

性行為は、本来理屈では無く【右脳域】の本能で、「禁ずれば良い」と言う性質のものでは無い。

それでも女性運動家は、「生殖無き性行為」を、男女の「重大なコミニュケーション手段」と捉える認識は、キチンと有った訳である。



人間の本能行動には、実は「左脳域」だけではなく「前頭極」に拠る極限行動も存在する。

脳の「前頭極」と言う部分には、極限状態に遭遇した時に理性を瞬時に抑える「極限行動」と言う働きがある。

理由は、生き物には持って生まれた情況対応本能を兼ね備えていて、考える暇(いとま)の無い瞬時の危機に遭遇した時に、理性で論理的に思考して行動を起こしては間に合わないから、身を守る為に論理的な思考回路を遮断して咄嗟に本能的判断して行動するのである。

この「前頭極」の働きは、理性拠りは本能で対応しないと間に合わない非常時の場合の緊急的な保身の脳作用であるのだが、極度の不安(恐怖)状態の場合もこの「前頭極」は作用して思考回路を咄嗟に遮断し頭の中を真っ白にする。

これが厄介な事に、本来必要としない時でも本人の思い込みで極限状態に遭遇した時、頭の中を真っ白にした人間は理性のコントロールを失っているから本能で思わぬ行動をする。

「考える前に行動しろ」と言う信号が脳から肉体(からだ)に配信される事で、所謂「火事場の馬鹿力」や「無我無中」と表現される行動で、思考回路を遮断して理性を失っての行動であるから本人に行動そのものにまったく自覚が無い場合も有る。

自分では「大丈夫」と思っていた「振り込め詐欺」に警戒しながらも引っ掛かる事なども、この身を守る為に論理的な思考回路を遮断する「前頭極」の活性状態に電話口で相手の「脅迫観念」を利用した話術で誘導されてしまうからである。

信仰上でも、極度の不安(恐怖)状態に拠る「脅迫観念」から「前頭極」の活性に至って本人にまったく自覚が無い行動現象が起こり、周囲の者からすれば憑依(ひょうい)現象に見えるなどの奇跡の正体でもある。

つまり信仰上でも「振り込め詐欺紛(まが)い」の極限状態の演出に拠り、信心深いほど本人の思い込みで「前頭極の活性現象」は起こり得るもので、それを目の当たりにした周囲の者が、いっそうその信仰を深めるのである。




エストロゲン

エストロゲン

更年期障害は、エストロゲン(女性発情ホルモン・卵胞ホルモン)の減少が原因と言われて居る。

エストロゲン(女性発情ホルモン)は女性を美しく魅力的にする。

つまり、男性を引き付ける為の恵みのホルモンである。

本来このホルモンは、原始的な「種の保存」と言う目的に添って、男性を引き付ける為に必要だから存在する。

閉経期には、このエストロゲン(女性発情ホルモン)が減少し、女性の美しさを失わせて行く。

それでは、失われ行く美しさを保つ為に何をすべきか?

ここで、社会性を加味し刷り込まれた人間独特の【左脳域的】な発想「建前による性への嫌悪感」を信奉するものは、成す術も無く老けて行く事になる。

「恋多き女は若々しい」と言われるが、既婚者が他所で恋ばかりはしていられない。

そうなると、パートナーとの付き合い方を工夫するしかない。

この世のどんな生き物でも交尾期は美しくなる。

それ故、人間も交尾を意識すれば美しくなる。

「恋をすれば美しくなる。」と言うのはそう言う【右脳域】を活性化させる事で、まんざら嘘とは決められない自然の現象ではないだろうか?

理屈では、その交尾期が長く続けば「若さが続く事」に信憑性が出て来る。

こうした発想をする事は、長い夫婦生活に於いて大事な事だが、そうした話題を真剣に話し合う夫婦は少ない。

大概の所、【左脳域的】な「性への嫌悪感」が前提に在って、【右脳域的な感性】を否定して理屈で性への誤解に拠る感情が優先するからである。


脳は、新しい事を情報として受け取ると、脳内部が情報共有の為に活発に情報交換活動をして、活性化する。

つまり、あらゆる刺激を持って【右脳域】を活性化する事によって、女性美(若さ)は保てるのである。

人間は【右脳域的】な快感を感じると、身体が若返る効果がある。

恋をすると気持ちが人間を若返らせるのも、好ましい気持ちが快感ホルモンであるベータ・エンドロフィンなのだから、パートナーがいる方は、大いに性交をして、ベータ・エンドロフィンを大量分泌されると宜しい。

ただし、あくまでも「性行為が楽しい」や「相手が好ましい」と言う感情がないと、快感ホルモンは分泌しない。

性行為に「良質な効能効果」は間違いなく存在するが、メンタルな邪魔も存在する。あくまでも互いの五感を満足させ、快感を得る事が肝心である。

信じられないかも知れないが、性に無関心で「性に嫌悪感が有る女性」は、実は脳の一部の発達が止まって脳が未発達なのである。

性的な欲求は、人間が生きて行く(生活して行く)上で必要だから備わった快感欲求で、何も繁殖の為だけにあるなら他の動物のように繁殖期を設け、必要に応じた欲求のコントロールで発情期だけのものに限定すれば良かったのである。

この国は建前の国で、皆批判を恐れて誰も言わないが、生き物の進化には自然の摂理で「必要なものが増強され、不要なものは外される」と言う合理的なメカニズムが有る。

生き物の身体は、生き残る為にあらゆる進化を遂げてその為の備え、調整装置を作り出している。

神が人間に繁殖期を設けなかったのは、複雑に発達した人間の脳の負担を、性交の快感に拠って軽減させる【右脳域的】な「自然の恵みである」と考えるべきで、それ故に、【左脳域的】な複雑で知的な仕事をして居る人間ほど、日頃の性的な欲求は大きくなる。

これは、所謂(いわゆる)【右脳域】の理性的な抑圧環境に対する反動で、宗教指導者、教師、警察官、その他の本来最も制御すべき立場の人間が不祥事を起こすのである。

こうした事象が発生すると、「立場にあるまじき行為」と批判して蓋を閉じ、本質を見ないで「イレギラーな事」として安易に片付けてしまうのだが、それでは対策が無いのだから犯罪者と犠牲者が出続けるのではないだろうか?

性本能は「理性で押さえ込めば良い」と言う安易な考え方は、そもそも「偏向傾向」の【建前】に傾倒した考え方で、複雑に発達した脳を持つ人間の人間性を否定するものである。


ここで【右脳】と【左脳】を取り上げるのは、思考バランスの問題である。

冒頭で、人間の脳は「大別すると左右二つに分かれている」と言ったが、【右脳】は本能的無意識能力系統を司(つかさど)る役割で「無意識脳」と言われ、本能的能力から発達した脳で見たまま聞いたまま感じたままにイメージ、五感((視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚))、直感で 瞬間的に記憶したり、情報を取り込む「無意識脳(潜在意識脳)」で、イメージ記憶・直感・ひらめき・芸術性・創造性・瞬間記憶・潜在意識・リラックス本能などの活動の機能をしている。

基本的に、恋も愛も情も「無意識脳」的な【右脳系】の感性で、【左脳系】の理性や計算が入るのは本当の意味で恋や愛情ではない。


右脳】は瞬間的に大量の情報をイメージとして記憶したり超高速で計算してしまい、無限な許容量を潜在意識に記憶するので、必要時に閃(ひらめ)きとして「瞬時に直感的にアウトプットできる」とされる。


霊感や予知などの現象はこの【右脳】の本能的能力に影響される幻覚であるが、人間の胎児は母親の胎内で進化の過程を辿って産まれ出る事から「DNA的な記憶が存在する」と想定すれば仮定の域ではあるが一概に否定出来ないものも存在する。


ちなみに、脳内で生産される脳内麻薬のベータ・エンドロフィン(快感ホルモン)は、【右脳】の活動が活性化する事で生成されるのである。

そうした意味で【右脳系】の職業人は本能的能力を活用する訓練が出来ているから、性に対しては開放的で奔放な心理の持ち主が多数であっても不思議は無いのである。

それに対し【左脳】は理性的意識能力系統を司る役割で「意識脳」と言われ、記憶したり計算する意識脳(顕在意識脳)であり、コツコツ努力し積み上げる直列型の許容量の小さい脳である為、どんどん忘れないと次の情報を記憶できないので短期記憶脳とされている。

運動行為や闘争行為はやはりこの【左脳】部分の働きによるものだが、肉体脳であるため緊張した意識集中によりイライラのベータ波脳波状態であり疲れ易く 持続力が無くストレスがたまる。

つまり運動行為や闘争行為、記憶行為に計算行為は【左脳域】のストレス性・理性的意識で、【右脳域】のリラックス本能とは正反対に位置している。

また、【左脳】は肉体脳である為、緊張した意識集中によりイライラのベータ波脳波状態であり疲れ易く 持続力が無くストレスがたまる。

現在の学校教育は、特にこの左脳一辺倒の言語と論理的思考の左脳記憶学習に著しく偏っていて問題が大きく、受験効率一辺倒の教育手段が採用されている為の歪みから、若年層の暴発が頻発している。

そもそも生き物をペットとして飼う人類の根底には、【右脳】の本能的無意識能力にリラックスイメージの癒し効果があるからで、【左脳的】にはくだらない筈の裸のお笑い芸が社会通用する事も、【右脳的】感性をターゲットにしているからで、それを【左脳的】発想で「くだらない」と判断し批判するのは筋違いである。

例えば、読書は映像と違い固体の蓄積した情報を基に想像力を養う範囲が非常に広いもので、そこからイメージ記憶・直感・ひらめき・芸術性・創造性・瞬間記憶・潜在意識・リラックス本能などの【右脳】の活動を活発なものにする。

現在の教育の価値観が【左脳系】に偏り過ぎて、【左脳的発想】である言語認識・論理的思考・計算ばかりの価値観に偏り、極端に「情」を無視する傾向がある。

その結果、世に出る固体は言葉を言語認識的に解釈してその言葉の裏に有るものまで思い至らない。

合格試験の為にはそれで良いのかも知れないが、社会に出てからそれが通用しない事になり思わぬ結果を招く危険が存在する。

また、【左脳的発想】で計算ばかりしているから周囲が見えなくなり「利」に走って偽装事件を引き起こし破滅する【左脳波人間】も続出している。

受験と絡めた現代教育の問題点であるが、【左脳】は言語認識・論理的思考・計算・じっくり記憶・顕在意識・ストレス本能などの活動を機能をしているのだが、【左脳系】はその理性的意識から絶えずストレスに晒されているにも関わらず、リラックス本能的な【右脳系】を無視した知識の詰め込みばかりを優先させて【左脳系】のストレスの逃げ場を遮断してしまい、しかも社会全体が私権的発想に偏って「金だけ」の世の中に成った為に、短絡的な感情で暴発する「直ぐ切れる人間」を量産しては居ないだろうか?

人がリラックスしたり感動するのは【右脳域 】の感性で、災害時に遭遇した人は限りなく優しくなれ、損得の計算を忘れて救助を心掛けその事に人は皆感動する。

文化芸術はその【右脳域 】の範疇にある。

茶道における千利休と豊臣秀吉の師弟の例で言えば、千利休は【右脳域 】の感性で「侘び茶」の茶道を大成した。

所が、豊臣秀吉は茶道を【左脳域 】の計算で扱い、金ぴかの黄金で飾る愚を冒した。


ちなみに男女の一般的な【右脳域】と【左脳域】の得意不得意を調べると、男性は【右脳域】の活用が得意で、女性が【左脳域】の活用が得意と「男女綺麗に分かれる」と言われている。

つまり【左脳域】を活用する記憶力は女性が優れているが、【右脳域】の活用を必要とする方向(方位)や地図の読み取りなどは男性の得意分野で女性はまるで駄目と言うケースが多い。

買い物一つ取っても、男性の方が直感的で即決力があり、女性の方が最後まで選択をし続ける為に中々物事を決めかねる特性を持っている。

これは男女の特性であるから、互いにその「感性の違い」を理解しないと、すれ違いの感情が起きる事に成る。

夫婦の気持ちが離れて行くのは、この感性のすれ違いが増幅して行って「こんな相手ではなかった。」と、感情が抜差し成らない所に立ち至る為である。

女性は【左脳】な感性の為、肉体への直接的な「接触刺激が無いと興奮し難い資質」なのだが、その女性が、物事を「理性」で考えてしまうから、性を誤解して嫌悪感を抱く。

女性がその「理性」で完ぺきに生きようとすれば、自分も周囲も行き詰まってしまう。

そんな「理性」は女性の独り善がりのプライドを満足させるだけで、ろくな結果には到れない。

男性は【右脳域】で本能の感性が強い為、夫の前では崩れて見せる位の利巧な女の方が、妻として可愛いのである。


固体としての人間に取っては、男女を問わずこの【左右の脳】の活動バランスが問題である。

つまり、一方に傾倒したままの人生を送る事は余り得策とは言えない。

いずれにしても、【右脳系】【左脳系】に関わらず、「俺は・私は」こちらが得意だから、或いはこちらで成功しているのだから「そっちの方は知った事ではない。」と安易に考えていると、思わぬ落とし穴に遭う。

つまりバランスが悪い「偏向傾向人間」に成ると、その本人にとってはそれが弱点になる。

例を簡単に取り上げると、【右脳派人間】である芸能関係や芸術関係に「薬物常習者」が多いのは、【左脳】の理性的意識能力を発揮すべき問題に直面した時にその能力が不足している為に、より【右脳】に逃げ込もうとする所に有る。

反対に、オーム教団事件に見られるように教団幹部に科学者や医師が幹部として多数含まれていた謎は、【左脳派人間】は理性的意識能力が得意だけに、【右脳】の本能的無意識能力系統に対して劣等感的弱点があり、「何故あれほどの知識人が?」と言う結果を招いた。

左脳】が悲鳴をあげるほど理性的意識に抑圧されるストレス職業に役人(官僚・公務員)、教職関係者、司法関係者(警察官を含む)、宗教指導者、科学者、医学関係者などがあり、本来最も理性的であるべき立場の者が痴漢行為や淫行などの事件を起こす。

つまり職業柄【左脳域】ばかりを使っているストレス職業に携わる人間ほどバランスの癒しを求めて【右脳域】に暴走する。

これは理性だけでは人間が生きて行けない事を意味している。

所が、この【左脳域】ばかりを使うストレス職業に対する世間の理解は不足していて、彼らに【右脳域】のケアをしようと言う風潮は周囲はもとより本人にさえ無い。

人間は、あらゆる抑圧(よくあつ)の中に生きている。

その抑圧(よくあつ)から開放される僅(わず)かな時間が、【右脳域】の感性に埋没出来る性交の時である。

面白い事に、性的抑圧(せいてきよくあつ)が強い思想や宗教の禁欲的な国ほど「異常な性犯罪」が多発する。

人間は、性に対してもっと利巧に成らねばならない。

つまり、思想や宗教の建前で禁欲的に育てても性に対する罪悪感だけが育ち、それは本能に対する抑圧(よくあつ)にしか成らないのである。




アドレナリン

アドレナリン

情況に拠って「火事場の馬鹿力」とも表現される、本人さえも想像が付かない超人的な身体能力を発揮する事が在る。

これはアドレナリンの放出前駆体ドーパミンの脳内放出に拠り、ストレス脳神経系物質アドレナリンの血中放出状態に拠る興奮状態下の筋肉細胞の成せる業である。

ドーパミンはアドレナリンの放出前駆体と位置付けられ、脳のメカニズムでは緊急危険時や性的興奮時には、まずドーパミンが放出される。

つまり興奮してドーパミンが活性化され、それがアドレナリンの放出を促すので、体内に作用を及ぼす物質はドーパミンでは無くアドレナリンなのである。


良く、【右脳系】の性的な欲望を「スポーツをする事で静めよう」と教えるがその事自体は正しく、スポーツは【左脳系本能】であるから理性的な抑制効果は期待できる。

ただし競技スポーツにおける運動時の興奮は【右脳系】の性交時のリラックス興奮とは質が違い、有名な興奮物質として【左脳系本能】のストレス興奮物質・アドレナリンがある。

アドレナリンはリラックス物質ではなく緊急時の感性に拠る興奮物質で、恐怖や身の危険を察知した時、あるいは争いを必要とする時に素早く対応する為のストレス脳神経系物質である。

このアドレナリンの放出状態から開放される表現が「安堵(あんど)する」で、一気に【左脳域】の思考から【右脳域】の本能的無意識リラックス状態に切り替わった事を意味している。

脳神経系における神経伝達物質・アドレナリンはストレス反応の中心的役割を果たし、血中に放出されると一時的に心拍数や血圧を上げ、瞳孔を開きブドウ糖の血中濃度(血糖値)を上げる作用などがある。

「戦う(闘争)か逃げる(逃走)か」の判断を迫られる緊急時の【左脳系】の活性ホルモンと呼ばれ、人間を含む動物が「敵から身を守る。あるいは獲物を捕食する必要にせまられる。」などと言う状態に相当するストレス応答を全身の器官に引き起こす交感神経が興奮した状態で血中に放出される脳神経系物質がアドレナリンである。

良いか悪いかの判断は個々の思考に任せるが、占いや信仰(宗教)などにおいては、当初【左脳域】の理性的意識の恐怖興奮物質・アドレナリンから入ってその後の演出効果から【右脳域】の本能的無意識リラックス興奮物質・ベーターエンドロフィンに入って陶酔状態に成るようにその儀式次第が完成されていて、【右脳域】の活動で「心の救いを感じる」仕組みに成っているのである。


一般的には【右脳派人間】も【左脳派人間】も、宗教のペテンに信者として引っ掛かってしまうと、そこから先は都合良く【右脳】ばかりを刺激・コントロールされて「盲信」に陥る事になる。

勿論、本能的無意識能力系統ばかりに傾倒した極端な【右脳派人間】も、社会性の部分では危険な存在であり大いに問題が有るが、結論を言えば人間は適当に本能的であり適当に理性的でなければならない。

右脳派人間】はある種「感性の人間」だから【左脳】の論理的思考に疎く、場合に拠っては【右脳派人間】特有の「狂気」を発揮するのであるが、これが芸術系に開花すると素晴らしい才能を発揮する。

例えばであるが、執筆業を生業とする文豪に自殺者が多いのも彼らの感性が【右脳域】に強い為に、損得の論理を超越した所で結論を出したのではないだろうか?

性に対しても同様で、【左脳系】の論理的思考に偏る事は計算が介在して禁欲的であり、恋愛も結婚も性交そのものも損得の発想が介在する味気ないものなるから、返って暴発の危険を抱えて生きる事に成る。


つまり【右脳】はリラックス本能的、【左脳】はストレス本能的に活動するものであるから、【左脳】のストレスと活動バランスを上手に取る為に【右脳】の信仰(宗教)や他の動物に無い「擬似生殖本能(性行為のみの欲求)」は生まれた。

言わば「畏怖の念」や「未知への恐怖」などの【右脳域の感性】の裏返しに「占い」や「信仰(宗教)」は存在する。

占いも信仰(宗教)も性行為も【右脳域での思考】で、本能的無意識能力系統を司(つかさど)る役割を刺激し、「無意識脳」と言われ、イメージ記憶・直感・ひらめき・芸術性・創造性・瞬間記憶・潜在意識・リラックス本能などの感性が、人間としての固体に影響を与えている。

従って、理性的意識能力系統を司る役割で「意識脳」と言われ、言語認識・論理的思考・計算・じっくり記憶・顕在意識・ストレス本能などの活動を機能をしている【左脳域での思考】とは相反する「論理的ではないもの」が、「占い」や「信仰(宗教)」そして「性行為」などの範疇である。


学者の間で、人間は知能の進歩で生活の基盤が確保できた為に、他の動物と違い発情期が「年中休み無しになった」とする説がある。

しかしながら、このベータ・エンドロフィンの効能から逆に考察してみると、発達したが故に起こる【左脳域】のストレスを癒し、【右脳域】とのバランスを取る必要性から、時期を選ばない年中の性交を可能にするものに、「必要だからこそ」変化したのではないだろうか?

つまり子を為す以外の目的、快感を得て「ベータ・エンドロフィンを脳内に送る目的もある」と言う自然が為しえた可能性の事である。

性感だって、【右脳】で感じる。

抑制し過ぎては、そちらの感性が育たない。

感性が育たなければ快感は得られず、精神的ストレスの解消にも問題が発生する一種の欠落である。

それではベータ・エンドロフィンを体内で生成する機会が衰え、当然ながら体調の維持にも支障をきたし、不健康な精神にも陥り易い。

性に関心が無い事を「上等な女性」と考えるのは大きな間違いで、女性として肉体的にも精神的にも「性能的に欠落が有る」と解釈すべきである。

しかし残念ながら、そう言う女性に限って頑固で、「自分の考えが正しい」と頑なに言い張り、【右脳域】の感性が理屈で通じない。

安心して欲しいが、これは女性の考え方が変われば直る。

何事も経験すれば考え方が変わるのが人間で、環境を作って【右脳域】を大いに感じさせ脳の発達を促してやれば良いのであり、身を持って体験すれば脳が自分で学習し、答えも自分で出す筈である。

性の問題を、「建前主義に拠る摩り替え」で結論つけるのは認識不足である。

根本的に間違っているのは、本来、【右脳内】の別の部分で思考し、判断する精神的愛情との性的衝動は、分離して考えるべきであり、生理的に無理に一致させる事は出来ない。

所が、性に対する社会合意(社会認識)には「独占欲」と言う本音が隠されているが為に、精神的愛情と性的衝動を強引に結び付けている。

奇妙な事に、「性行為を介在しない愛は存在する」のに、「愛の無い性行為は存在しない」と言う。

この矛盾は、「愛(精神的愛情)」ではなく「独占欲」を【左脳域的】な理屈である「精神的愛情」と摩り替えているからに他ならない。

これは、男女「どちら側の言い分」と言うレベルの問題ではない。

「性的衝動」はベータ・エンドロフィンの生成の為に自然に備わった【右脳】の働きで、どちらかの意志が性交に同意しないと、もう一方に不満が残る。

これを、「愛しているなら性交してくれ、愛しているなら性交を我慢してくれ」と言うあい矛盾した精神的愛情を持ち出してきて判断や対処をし、結果その間違った基準から「相手が愛しては居無い」と結論つける。

こうした間違った基準で思考が始まっているから、本来許容範囲内の相手の性癖も赦せず、一方的に精神的愛情論で一蹴してしまう。

例えであるが、前述したように【右脳域】での男性の欲求は「見たい願望」であり、女性の願望は「見せたい願望である」は、当然ながらそのまま基本的男女固有の性癖なのに、それが互いに理解出来ないのである。

「私と言う者が居ながら、何でそんな映像を見るのか信じられない。」と言うのが女性の言い分であるが、だからと言ってその男性の願望を適える気はない。

それを【左脳域的】な理屈である精神的愛情で閉じ込めようと安易に処理し、結果外で問題が発生する事になる。

反対に、「結婚してもまだそんなチャラチャラした露出気味の服装をして、何を考えている。」が男性の言い分である。

つまり、自分の彼女や妻の肌を他人に見せたり、ましてや他人に抱かれるなどとんでもない。

この心情、良く考えると独占欲の何ものでもない。

この辺りが【右脳域】と【左脳域】のせげみ合いで、性的欲求を、気分や都合で精神論に摩り替えていては、やがて「暴発する」のは目に見えているのである。




セロトニン

セロトニン

セロトニンは、「脳内快感物質ベータ・エンドロフィン」の発生に誘発されて送り出される伝達阻害物質である。

中枢神経系にあるセロトニンは、人間に存在する化学物質・セロトニン総量の僅(わずか)二%で、残りは血小板に八%は配されて必要に応じて血中で用いられ、また小腸の粘膜にあるクロム親和細胞内に九十%が存在して消化管の運動に深く関わっている。

中枢神経系に在るセロトニンの日常生活への影響が近年では注目され、うつ病や神経症などの精神疾患などの疾病を(再吸収を阻害法)に拠って治療、症状を改善する事が出来るように成った。

良く、「歳を取るとあちらこちらが痛くなる」と言う事を聞く。

この「あちらこちらが痛くなる」と言う表現は極一般的だが、痛みを遮断する伝達阻害物質・セロトニンが在り、「若い頃はそれが活発に働く」となると、これは表現方法が間違っているかも知れない。

つまりこの生理現象を正確に言うと「歳を取った為に痛みを遮断する物質を放出する事が不足して来た」かも知れないのである。

SMプレイに鞭(むち)打ちが成立するには、それ成りの根拠が存在する。

痛みは損傷部分から脳に伝達する信号で、これを抑えるには痛みを遮断する脳内物質・セロトニンを活生させブロックする事である。

脳には自然にフォローする調整機能があり、セロトニンは別の安心する刺激があれば脳内から神経遮断の為に送り出される。

つまり、「痛いの飛んで行け」と「痛みの気を紛らわせる」と言う手段は、安心に拠る脳内物質・セロトニンの活生に拠る「痛み伝達のブロック」と言う事に成る。

実は、SMプレイに於ける鞭(むち)打ちなどの痛みが大した事に感じ無い理由は、この「痛みの気を紛らわせる脳内でも使われる物質・セロトニンの活生」に拠る結果である。

つまり、M性が強い固体に於ては、被虐感自体が「脳内快感物質ベータ・エンドロフィン」の発生に誘発されてセロトニンを送り出す要素に成るのであるから、「痛みと快感」と言う合い矛盾した二つの感性がプレイとして成立するのである。

このM性、実はまともな女性なら誰でも持っている資質である。

女性には「出産」と言う痛みを伴う大役がある事から、基本的にはセロトニン拠る痛みの遮断機能は男性より優れていなければ成らない。

しかしながら、年齢を重ねると、誰でも身体的機能が低下し痛みを止めるセロトニンの調整機能も低下して行く。

「身体の節々が痛い」と訴える中高年女性は、恋愛感情や性的感情から縁遠く成って、脳にそう言うシグナルが行かなく成っているのと考えられる。

女性の場合、痛みを遮断するセロトニンの生成機能は出産に対する痛みを和らげる目的が最大であるから、本人が自ら老化を意識すると脳が必然的にセロトニン生成の必要性を考えなくなる。

本人の意識の問題もあるのだが、人間は老化を意識するとこの痛みを抑えるセロトニンの脳内生成が衰えて手足に痛みを感じる。

色気は痛みの制御に大切で、特に女性は子供の成長に合わせて性欲を抑え、自分で気持ちが老け込む特性があるから、中年になるとセロトニンの脳内生成を抑えて手足に痛みを抱えてしまう。

つまり、齢(よわい)を重ねると脳の自覚が「出産」の現実から縁遠く成ると伴にセロトニンに拠る痛みの遮断機能が衰退して行くのではないだろうか?

女性が何時までも若々しく居る為には、育児にかまけて旦那様との性行為を疎(おろそ)かにするのは持っての他で、精神的に色気を手放さない事で脳を活性化し続けなければセロトニンの生成機能は維持出来ないのである。

そう言う意味では、ヨン様ブームに代表される中高年女性の「フアン心理」と言う名の「擬似恋愛」も、「脳内快感物質ベータ・エンドロフィン」の発生を誘発し、若さを保つ一つの方法かも知れない。




性への理解

性への理解

確かに性行為は生々しいもので、性行為中は誰でも不恰好な姿を晒(さら)す事に成る。

その上「外敵に無防備」だから隠れて性行為を行なうように成り、返って人間は「秘する喜び」を覚えた。

秘する喜びを覚えたからこそ、性行為が生々しいものに成ったのである。

つまり「秘する喜び」の裏返しに未成熟の子供を狙ったり、外身の下着に興奮する異常な感性を育てたのかも知れない。

そう考えると昨今のあまりにもエスカレートし過ぎた「性への嫌悪感」の風潮は、意味の無い行過ぎではないだろうか?

性行為中は不恰好ではあるが、性交が「美しくないから」と言ってそれが現実で、利巧な人間なら、例えグロテスクだろうが「人間には必要がある行為」と肯定すべきである。


仲が良いので定評がある「おしどり」と言う鳥のつがい(カップル)、実は一年(一繁殖期)だけの仲で翌年の繁殖期には別の相手を見つけ、新カップルを作るそうである。


自然とはそう言うもので、人間の基本的な性本能の傾向では夫婦間の性的関心は、学説に拠ると「四年くらいしか持たない」と言われている。

事実データー的に、結婚後四〜五年目に入るとSEXレス夫婦が急増する。

考えて見れば幾ら好きでも材料(肉体/からだ)も同じ、メニュー(調理方法/行為の内容)も同じでは、【右脳域】がマンネリ化して性的な夫婦仲が、永くは持たずに飽きが来ても不思議は無い。

飽きが来ても夫婦が成立している要因は、子供への愛情に拠る「子育て」への協調と夫婦間にSEXを介在しない精神的愛情が成立するか、もしくは金(生活)の為と言う【左脳域的】な価値判断である。

しかしながら性本能(性的衝動)は男女双方に存在するのであるから、その本性を建前で「愛情が在れば」や「信じている」などと誤魔化すのは現実を見ない白馬の騎士的な夢物語である。
愛情と独占欲は脳の処理に於いては別物だし、愛情と性欲(性本能/性的衝動)も脳の全く違う部分で処理されるデーターにも関わらず混同して扱おうとするから、間違った夫婦関係を作り上げてしまうのである。

飽きが来た夫婦間のSEXがSEXレス状態に成る事は、浮気や買春に拠る浪費、事件や事故、性病の罹病(りびよう)などのリスク(危険)が発生する事になる。

最近では飽きが来たら簡単に離婚しているカップルも多いが、それでは本人達を含め子供や親など周囲を不幸にするから、けして薦められるものではない。

そうなると夫婦間のSEX行為に、【右脳域】の性本能(性的衝動)を満足させるべく飽きが来ない相応の創意工夫が必要になる。

直面する感情に囚われずに冷静に考察すれば、人にはそれぞれに縁(えにし)が有り、その縁(えにし)が他人と言えども強い絆(きずな)に育つ事がある。

それが夫婦の成立だったり何かの仲間成立だったりするのだが、その最も現実的な絆(きずな)が、古来、肉体的な繋がりを裏付けとした誓約(うけい)なのである。

詰まる所、歴史的に見れば組織内で「何が信用出来るか」と言えば肉体的な繋がりで、現代でも典型的なのが上司と部下の関係にある職場不倫型の誓約(うけい)である。

上司は組織内に気が許せる絶対的な相手が欲しいし、部下は組織内で安住(安心)するには力の有る頼り手が必要である。

つまり本来の目的は愛情ではない繋がりであるが、秘するものだけに現実から目を逸(そ)らしたロマンチックな事を望む為に、愚かにも誓約(うけい)である筈の職場不倫が「勘違いの情」に発展し、修羅場に成る。

それもこれも、現代人が私権主義の建前の倫理観と独占欲に縛られてそこから抜け出す発想が無いからである。

「嫉(そね)み」とは女が疾(わずらう)事を表し、「妬(ねた)み」とは「石のような女」と言う意味で妬(ねた)みと書く。

その二つが合わさって嫉妬(しっと)が生まれる。

そして男が嫉妬(しっと)すると「女々(めめ)しい」と成る。

正に、性愛に於いての肉体的独占欲を象徴する言葉が、嫉妬(しっと)なのである。

そこで問題なのが発想の基点である。

表面真面目にしていても、どうせ浮気心は誰にでもあり、「倫理、倫理」と遊びの性交を問題にするが、性交を倫理と結び付けるのはある種の防衛手段で、言わばカップルや夫婦の枠を壊さない為の約束事項である。

それならば影でコソコソして大揉めに成るよりも、大人の考え方で遊び相手を含めカップルや夫婦の枠を壊さない工夫が合意されていれば、その方が利巧である。



どうも世の中、【左脳域的】発想の「建前」だけで物事を処理し、その根本には触れたがらない。

本来、人間の【右脳域】である性欲と【左脳域】である理性は脳の別の部分で対応するもので、その質の違う事を混同し、「理性で性欲を処理させよ」うと言う所に、根本的な無理がある。

その無理を何世代も押し通して居る間に、人間の人格そのものが壊れて行っているのではないか?

こう言うと物議をかもすかも知れないが、個人の感情(独占欲)に起因して性行為を倫理として聖域化するのは、本来「詰まらない事」かも知れない。

性に対しての倫理観にはタブー意識が強く、例えこっそり浮気や遊びを行なっては居ても、現実を見つめる事を避けて誰もその事に触れようとしないのだが、率直に言えば或いは新しい倫理観を夫婦で構築する必要を感じても一向に不思議は無い。

つまり、新しい発見や発明は定説からは生まれないもので、まずは定説が正しいものか疑って掛かる事から思考を始めるべきである。

何しろこうした性の倫理観は、時代時代で変化して行き、その上に国や民族に拠って大きく異なるから、「どれが正しくどれが間違い」と誰も断定は出来ない筈である。
私の愛した日本の性文化

この国は元々「建前の国」だから一夫一妻制とは言え昭和三十三年の通称「売春禁止法」までは遊郭・売春宿の類は「公娼」として存在し、妾を何人持つかが出世した男のステータスで、それが男達の意欲の原動力だった。

今はそう言う習風俗が社会の建前で認められないのだから、男の本能的な目標の大事な夢の一部が無くなり、「頑張ろう」と言う意欲を持たせるには別の創意工夫が必要に成る。

同じ【右脳域】の思考範疇で在っても、本来別々のものである「精神的愛情と性的衝動」は男女各自が思考を整理して、分けて対処すべきものである。

ここが社会的合意になれば、まったく違う社会が成立する筈である。

しかし、そうは成らない。

事実関係から導き出されるのは、「独占欲」が引き起こす紛争から「家庭や社会の安定」と言うご都合主義と結び付いた強引な思考である。

それに、別の脳の使用事例として、モデルや女優などの職業環境に拠っては常に自分を人目に晒す事になり、その緊張した意識に、【右脳域】が全身の緊張を指令する事でも、肌の若さと張りを維持させている事例が多い。

当然の事であるが、仕事柄、役柄から顔も身体も常に多くの視覚に晒す感性の職業である。

当然脳もそれに耐えうる為の対処を常に内面から支えようとする。

すなわち、「見る興奮・見られる興奮」に「【右脳域】が対応しょう」と活性化するのである。

「最初から綺麗で在った」と言えばそれまでだが、中にはデビュー後にいっそう綺麗に成った者や、何時までも美しさを維持している事例も多い。

この現象は女性に止まらず、男性も職業的に多くの視覚に晒す職業であれば、同年代の男性とは明らかに若さを維持し、その差は加齢と伴に広がって行く。

この現象は、視覚の刺激に脳が対応する事例であるが、五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)による刺激はデーターとして蓄積され、末梢神経から皮膚細胞に至るまで、対応指示を送っている事を自覚すべきである。

つまり人間の身体は、【右脳域】が必要と感じればそれなりの対処を体内で作り出し、使用する能力がある。

それらを自覚せず自ら老化して行くのは、外面的に「金をかけて取り繕う」と言う精神では救えないからなので、つまり、【右脳域】に「それが必要だ」と自覚させるのは、理屈や思い込みではなく、現実の刺激である。

脳が部分部分で役割を持っているのは周知の事実である。

体の内側から美と健康を維持するには、脳の利用部分(使用部分)の平均的発達(発育)が理想的な必要条件なのである。

所が世の中の女性は自分に都合良く、何時までも若くて美しい芸能界の女性は、「金をかけている」としか思わず、まったく脳刺激に対する内面からのケアを自覚をしては居無い。

芸能界の女性は、自分の美に「金をかけている」かも知れないが、実は金だけで美しさ維持できる簡単な訳の話ではない。

その内面には、見せる緊張と見られる快感が刺激となって作用し、必要を感じた脳はセッセと対応を全身に指示し続けるのである。

脳の働きは、結構その持ち主の思考に正直である。

人間見られたらそれを意識するから、多くの他人に見られる方が【右脳域】がそれなりに指令を出し続け、細胞段階から意識的に美しくなる。

だいたい世の奥様方は見る相手が夫と限定されるから安心感が先行して緊張感を失い、自ら体型を壊して夫に「詐欺だ」と言われるほど見る影も無い。

見られる事を放棄したジャージ愛用(常用)の女性は、原則「肥満が当たり前」である。

「見苦しいから見せたくない」はまったく間違った発想で、肌の露出部分が少なくなると肥満が始まり、連れ合いを確保して安心すると、自分の魅力を発揮する努力をしない横着な思考に陥って、「見る興奮・見られる興奮」を捨てる事で老化を促進させて行く。

つまり、「釣った魚に餌(魅力の確保)をやらない」のはご婦人方の自覚も似たようなものである。

「所帯臭い」と言う表現は、亭主子供に「責任がある」と言うよりも、本人が「自らの魅力の維持」を精神的に放棄し、【右脳域】もそう理解したからに他ならないのである。

もし、女性が男性から相手にされなく成りつつあるなら、恐らく自分の方にも「魅力」に対する努力に於いて「原因がある」と思って間違いは無い。

快楽系快感ホルモンを大量に分泌させるのは、何と言っても性行為であるが、大手の宗教が禁欲的な教えをするのは道徳や倫理以外に、そのベータ・エンドロフィン効果の「ライバルだから」と言う「うがった観測」もできる。

また、この論理からすると若者が性への関心をスポーツに向ける指導は【右脳域的】な観点から「まんざらでは無い」と思うが、ただし性欲は生物としての自然本能であるから、全てをスポーツに摩り替えるのは無理がある。


この記述を総合すると、SEX行為に於いて、五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)による刺激を「最高」に引き出す為には、単調なリズムを含む音楽的で、且つ男女の特性を加味した露出的に羞恥心を旺盛な状況にして、体の限界に挑戦する極限の運動見たいに過酷な、ややこしい性行為が【右脳域的】な「最高のSEX」と言う事に成なる。

そのややこしい性行諸条件を「ばかばかしい」と思えばそれまでだが、こうした諸条件を満たす為の性行為の形式として、【右脳域】を刺激する露出SM系の連続輪姦行為があり、こうした体験を希望する女性参加型の実践HPサイトやハプニングバーは、現実に多数存在する。

つまり、ばかばかしくややこしい「性行諸条件を満たそう」と言う場所が、現実に存在するのである。


批判を恐れずに言えば、S性やM性は誰にでも在る。

本来人間は群れて暮らす動物で、その本能は現代でも深層心理に内在している。

最近使われ始めたジュピターコンプレックス(被支配の願望)は、理論の左脳域に於ける思考では理解できない感性の右脳域の心理である。

勿論、このジュピターコンプレックス(被支配の願望)は基本的に男女の別なく存在し、その傾向が強い者は恐怖を消化的に受け入れる癖が保有されている。

一説には「幼児からの成長過程でトラウマ(心的外傷)化したのではないか?」とされるが、もしかしたら先祖累代の被支配層(被差別層)の記憶因子を受け継いだ上昇志向が薄い血統かも知れない。

そう言う被支配記憶因子を受け継人間は、一生他人に使われる平凡で野心が無い人生を望む筈である。


場面に拠ってはジュピターコンプレックス(被支配の願望)が特に顕著に現れるのが女性で、女性は否定するだろうが心理的に計れば、悲劇のヒロインに憧れる女性の感性の右脳域に於いて、深層心理には或る種の願望として強いM(マゾ)性が潜んでいる。

所が、悲劇のヒロインとM(マゾ)性を何とも都合良く「別もの」と勝手に決め付けるから始末におけない。

即ち女性の感性はメルヘンチックで、事実を御伽噺の中に包み隠してしまう傾向が在るのだ。

それでいて女性のメルヘンチックな感性は、理論の左脳域では想像も着かない事に、危険な香りのする冷たい男に心引かれる。


つまり女性には、感性の右脳域に於いて「ジュピターコンプレックス」と言う被支配の願望(感性)があり、「強くて残酷な者に心引かれる」と言う。


このジュピターはローマ神話に登場する気象現象を司る神・ユピテルの英語名なのだが、太陽系の惑星・木星の名でもある。

コンプレックスは「劣等心的複合体」と言い一種の複雑な深層心理を表現するものだが、木星(ジュピター)は太陽から遠い惑星で太陽の陽光の恵みは少なく、冷たく大きな惑星(太陽系の惑星最大)で、地球から見上げると蒼く冷たく光っている。

本来「蒼色」はクールダウン(冷静になる)する色で、メルヘンチックな「私の蒼い鳥願望」には熱さや明るさは感じられず、或種醒(さ)めて居ながらの深層心理的な願望がジュピター・コンプレックス(被支配の願望)である。

つまり一筋縄では理解できないのが人間の心理で、強くて冷たいジュピターに心引かれる被支配の願望(感性)はイコール「M(マゾ)性」と言う事に成る。


群れにはボス(支配者)が必要であり、逆に支配される事で心理的な安定を得る深層心理が「確実に存在する」と言う事で、被支配を好む者の存在も無視出来ない。

群れのルールはボス(支配者)が決める。

そうした心理の影響が「擬似の群れ」を作り出し、その性的な関わり方でS(支配者)・M(被支配者)の要求を満たす心理的遊びを欲くするのは、さして異常な事ではない。

群れへの服従は目に見え肌で感じるもの、つまり性交で無ければ成らない。

シンプルに考えれば、性欲は「子孫を残す」と言う生物本能から始まっている。

性欲を失っては「子孫を残す」と言う機能すら失う。

従って、秩序をクリアとすれば性欲そのものを「恥ずかしいもの」とするのは勘違いである。

人間だけは生殖時期(発情期)に関係ない「擬似生殖行為(生殖なき性交)」を神様に認められている。

性欲を「恥ずかしいもの」とする事が「勘違いだ」とすれば、情無き性交を問題視する事は愛情の問題ではなく、ただの既成概念に囚われたプライド(誇り)の拘(こだわ)りか独占欲の拘(こだわ)りの問題である。

そこで誓約(うけい)の性交が群れの維持に重要な役割を果たし、その証明としてS(支配者)・M(被支配者)遊技の「擬似の群れ」が誕生する。

つまり合意の上なら、S(支配者)・M(被支配者)願望の深層心理を安心させる事は、宗教観や思想を廃して人間に内在する本質的な心理(学)を採用すればさして異常ではないのである。

つまり、性行為が合理的発想にほど遠いからこそ、【右脳域】の本能的無意識リラックス状態を生み出す。

その性行為を、【左脳域】で合理的に解釈しようとするから、ストレスや抵抗感が生まれる。

信仰においても、冷静に見てみると、五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)による刺激を上手に結び付ける道具立ての手法で、信者の獲得に役立てているのは洋の東西や宗派を問わずに御承知の通りである。

そして、その究極と言われるものに、信仰と性行為が結び付いた教義を確立した「真言密教立川流」があり、詳しく調べれば「理解して頂ける」と思うが、おざなりの記述で「淫乱邪教」などと烙印を押すには、余りにも確りした歴史的事実が存在するのである。

【◆】真言密教立川流記述に飛ぶ。

また、事業戦略として考えると、そうした五感を刺激する表現を取り入れた芸術、例えばそれらの条件を満たした映像表現は大当たりし、例えば歌手やバンドチームが過剰な肌の露出を含むセクシャルな雰囲気(エロカワ?)をかもし出し、体の限界に挑戦する極限の運動見たいに過酷な歌唱や演奏をすれば、見聞きする者の【右脳域】を刺激し「人気が出る」と言う事である。

芸能人は元々【右脳域】の感性の持ち主が適していて、「見せて何ぼ」が基本で、作品さえ良ければ大女優でも脱ぐのは当然の精神であり、演歌の大御所が、肌はともかく衣装で見せるなど、努力を惜しんでいては人気の維持など出来る訳が無い。

つまり、芸能・芸術(美術、文芸、映像、音楽)などの範疇を活躍の場とする職業の者に【左脳域的】な理性や計算は馴染まず、【右脳域的】な感性が発揮されないと本物ではない。

つまり【左脳域的】な理性や計算からは導き出し得無い「ある種の狂気」が、【右脳域的な芸術】と言う分野なのである。

また、運動競技において女性競技者の場合は思い当たるであろうが、明らかにその競技衣装の露出度に人気が左右される事例が多々ある。

何故なら、若い健康的な肉体を見る事も含めてスポーツ観戦の魅力は存在するからである。

以前のボーリングブーム(昭和四十年代後半)の時、その衰退の原因は「女子プロボーラーのスカウトの長け」で、視聴率が落ち込み「テレビ中継が極端に無くなった為だ」と当時の法務大臣が語っている。

これは当時の女子プロ選手が、「技術が売りで色気は売らない」と高い理想に向かった為であり、彼女達の年収は一気に三分の一以下になり普通のOLと変わらなくなったそうである。

恐らくではあるが、女子プロゴルフや女子プロテニス、フィギャァ女子アイススケートの選手が全員スラックスパンツ姿に成ってしまったら、徐々に視聴率は下がる筈である。

その点で、女子ビーチバレイは九十点、女子短距離は七十五点と言う所か?

この点は各局の女子アナウンサーにも言える筈で、つまり、見せるのは技術ばかりではなく、視聴者の【右脳域】の視覚にも働きかける必要があるのだ。

見る者を集める職業は、「見る興奮・見られる興奮を常に意識する立場にある」と考慮すべきである。

こうして書くと、「女子スポーツ選手は見世物か?」と反発するだろうが、他人より身体能力が優れている事を証明する願望がスポーツの原動力であれば、まずは見てもらわねばは始まらない。

それに「見られる」と言う事は、実は選手本人にも良い心理的な影響が有る事を見逃しては成らない。

ミニスカートを着ると、他人の視線を絶えず気にしてシャキットする。

ある国際試合に進出した人気女子プロゴルファーが、初日好成績でトップグループに位置をキープしていたのに、二日目大崩れして順位を十位以下に落とした。

見ると成績の良かった初日はミニスカート、大きく崩れた二日目はショートパンツだった。

一度なら偶然だろうが、このパターンが彼女の試合における長期観察でも結果は似ていて、度重なると「緊張感」に対する心理的影響も考えられる。

実は女子アナのテレビ出演でも、たまにスラックスを着用すると何処か端々で姿勢が崩れ、ミス(失敗)の確率も上がる。

何故なら、例として上げれば一般的に女性は「着物を着る」と裾の乱れを絶えず気にして別人のようにシャキットする。

つまり、色柄デザインの向こう側に有るのは見る側の視覚で、その視線が着る側にも「心理的に影響する」と言う事である。

美学の裏側には、こうした心理的「緊張感」が影響し、「緊張感」が姿勢を維持させる事でスポーツの成績にも影響しているのかも知れない。


純情とは「汚れを知らない心」と【左脳域】では定義付けられる。

しかしこの定義には前提がある、「汚れ」と言うのが、果たして性的経験に対する事を指す事が「正しいのかどうか」と言う疑問である。

すると、子を為した母親は全て汚れている事に成り、純情の定義には懐疑が生まれる。

現実問題として、そんな馬鹿な話は無い。

母親の我が子を思う心情ほど、純真かつ純情な心情はない筈だからである。

言うなれば、純情な娼婦は昔から存在した。

戦前の「公娼制度」は、良くも悪くも社会的安全弁に成って居て、性犯罪の防止効果は勿論、経済困窮に対する一つの救済制度の側面も持っていた。

日本政府は、建前とは別に本音の「必要悪」と考えて「公娼制度」を温存する現実的な方策を採っていたのだ。

当時の「日本の現状は」と言えば、予算の多くが軍事費に回される軍事大国を標榜し、為に【軍部と結託した財閥】に富が集中して、地方経済は貧困にあえいでいた。

蛇足ながら、これは最近の国際競争力のお題目に拠り【政府・官僚と結託した大企業】の富の集中化に酷似していて将来的に恐い話しで有る。

いずれにしても当時の庶民は貧しく、特に農家に現金収入を得る道が無かった。

それで当座の金に困ると「生きる為に、身内を喰わす為に、」田畑を質(しち)に借金をしたり、娘の身を売らざるを得ない境遇の農家が数多く居た。

今でこそ「公娼」と言うと単純に「下劣な職業」と思われ勝だが、果たしてそんなに単純な受け取り方で良いのだろうか?

当時の社会情勢で、米作以外に収入が無かった地方の農村にとって、不作や米価下落に見舞われれば生きては行けない。

そこで娘が「公娼」に身を落として親兄弟を救った。

これは受け取り様の問題だが、「公娼に身を落として親兄弟を救う」と言う行為は「下劣」ではなく「高尚(こうしょう)」である。

つまり業として行う娼婦行為と「親族を救おう」と言う心情精神とでは、心情精神の方が遥かに重いのである。

それを、「下劣な職業」と見下してかたずけてしまう所に、現在の極端な個人主義社会の病根を見る思いがする。

「時代が違う」と言われる事を承知で言うが、現在の私権主義に害され「自分が大事で親兄弟は二の次」と言う精神よりも、例え身を汚す職業でも親兄弟の為に「公娼」に身を落とす娘の方が「心が高尚(こうしょう)だ」と思うが如何か?


一生夢の中で生きられる人間は居無い。

夢は、追うほどに現実に打ちのめされるのが人生である。

最低な事に、夢は追いたいが、「その夢にいかなる対価も払いたくない」と言う卑怯な理屈が、理想として存在するからである。

不条理かも知れないが、現実は建前ほど綺麗なものではないし、それを恥ずかしげも無く言い立てるべきものでもない。
本来は、現実を直視して、不完全な人間が「いかに調整を繰り返しながら生きるか」と言う事で、不完全な者に完全を求める社会常識に、始めから問題があるのかも知れない。

所が、多くの人間が、こうした現実に見向きもせず、【左脳域】に偏った建前の夢に浸るのが心地良いらしい。

もう、完全を求める逃げ場の無い建前の社会常識を強いる事に、限界点が見えている。

不完全を容認して、そこからどう社会合意を形成し直すかを真剣に考えないと、親子関係すら危うい社会が成立してしまう。

なぜならば、建前と現実のせめぎ合いの限界を超えた時、残るのは身勝手で深刻な「個人主義思想のいらだち」だけだからである。

建前の「魔や化し」に懐疑的に成るのは、建前の「魔や化し」で楽に生きるより遥かに難しいかもしれないが、そこを逃げていると、必ず付けが廻ってくるのが人生である。


日本人は、【右脳域】の感情のコントロールを間違えた【左脳域】の意識の元に育てられている。

およそ人前での泣いたり笑ったりに対しては、「はしたない」と言う意識が強過ぎる。


少なくとも、「恥ずかしい事だ」と言う風潮が強い。

その抑圧が、積り積もって暴発し、近頃の「突然の怒りに集約される」と言う気がする。

社会生活で生ずる【右脳域】の気持ちを開放する事が、「心のバランスを取る妙薬だ」と言う事を、蔑(ないがし)ろにして居るのである。

つまり、本人達が「正しい」と思っている事は、実は世界の常識ではない。

控えめの、奥ゆかしさを「美徳」とする感性は、他国人からすると「感情を押し隠す不気味な存在」と映る。

それを分析もせず「日本固有の文化だから理解しない相手が悪い。」と主張する。

例えばであるが、日本の風潮として、食べ物をユックリ食べる事には抵抗がある。

むしろ飲み込むような食べ方をしてまで時間を稼ごうとする事が、美徳であるような風潮が強い。

実は医学的に見ると、食べ物は良く噛む事で唾液が食べ物の旨さを増し、消化を助けるばかりでなくベータ・エンドロフィンも発生させる癒しの効果効能がある。

それよりも勤勉さに主眼を置き、食事に時間を掛けない日本人の独自文化は、誇れるものなのか心をすり減らしているものなのかは、各自が答えを出すべきものかも知れない。

ナショナリズムを高揚させるのも、「全て悪い」とは言わないが、それを強く主張し始める国は、日本に限らず他国との軋轢は強まるばかりである。

日本の指導者はいったい日本人を何処に「連れて行こう」と言うのか?

彼らの言い分では、非は全て相手に有る事になる。この偏ったナショナリズムには、独善的な感情に拠る所の、子供の様な幼知性さえ感じる。

日本人として立派な言い分は当然主張すべきだが、この感情のコントロールに関しては国際水準にも、身体のメカニズムにも合致していない。

それらも一括りに「独自文化」と言い張るのはいかがなものか?

「独自文化」の中身、個別に分析する大人の政治家はいないのですかね?




ミラーニューロン

ミラーニューロン

在って当たり前の実在する事を「そんな事は常識」で片づけると、その先の学問的な進展は無い。

歴史的な現象もこれからの未来も、「人は何に影響を受けるのか?」の違う視点で見る事で違う答えも見出せるものである。

そこで、人間の意識に心理的影響を与えるミラーニューロンの暗示効果も併記して置く。

貴方は観劇やテレビドラマ、映画などを見て、その作品の中に主人公的な自己の思い入れを持てる訳をご存知(ぞんじ)だろうか?

それは視覚を処理する情報伝達神経細胞(ニューロン)の一種「ミラーニューロン」の働きに拠るものである。

「ミラーニューロン」の働きには一種の学習効果が伴い、その後の行動にも影響を与える。

やくざ映画を見た観客が、劇場から出てくる時に一様に肩を怒らせて出て来る光景を思い出してもらいたい。

脳活動の一種である「ミラーニューロン」と言う脳科学的な神経細胞(ニューロン)情報伝達現象説に拠ると、他者の運動を理解する為に相手の行動をあたかも「自分が行っている」かのように脳の中で鏡のように受け取る事である。

大脳皮質の前頭葉で見つかった神経細胞(ニューロン)の一種が、視覚情報を処理する「ミラーニューロン」で、電気信号を使って情報を伝え、相手の行動をあたかも「自分が行っている」かのように脳の中で鏡のように受け取るのである。

このミラーニューロン現象は、当初は自他のコミニュケーションを容易にする為に人類(霊長類を含む)の脳に機能として発達したのだが、その後宗教儀式や観劇、やがて種々の映像芸術の「仮想主人公」として脳内で「自己意識化出来る能力」となっている。


信仰上の教えである宗教画の紙芝居効果から、最近のテレビショッピングの購買意欲まで、「ミラーニューロンの暗示効果が作用している」と考えられる。

映画に関しては、戦時中の日本の国策映画が戦意を高揚させたり、国を挙げて支援した米国のハリウッド映画が、世界に米国型自由主義を映像であこがれさせる「効果が見込めたからだ」と言うのである。

その根底に在ったのが、ミラーニューロンに拠る脳内での「自己意識化」と言う啓蒙効果ではなかったのか?

だとするなら、ミラーニューロンを知らなくても経験学的に視覚効果が啓蒙に役立つ事は、古くから知られて利用されていたに違いない。




美しくなれる興奮の解説・本文まとめ

美しくなれる興奮の解説・本文まとめ

今回はベータ・エンドロフィンに焦点を当てたが、実は以前から研究されている脳内物質は多数ある。

その内の、最も最新で、脚光を浴びているものを今回の考察として取り上げた。

例えば、ベータ・アミロイドは脳内に蓄積される悪性のたんぱく質で、アルツハイマーを引き起こす。

また、セロトニンは感情を司る脳内物質の一つであり、低下すると身体中のパワーを奪い、「うつ病」になる。

実はこのセロトニン、「本人の気の持ちようで増加する」とされているが、その気の持ち様を創り出す事が問題なのである。

ドーパミンは、人間の【右脳域】にひらめきを定着させるもので、興奮を引き起こす脳内物質である。

ランナーズ・ハイは肉体的な苦しさを緩める効果の期待からドーパミンを発生させる。

この興奮物質ドーパミンが、実は快感物質ベータ・エンドロフィン生成の原材料(前駆物質)に成っていて、ベータ・エンドロフィンの快感を引き出す為ものである。

つまり、興奮すると苦痛を和らげるドーパミンが脳内で発生し、やがて快感物質ベータ・エンドロフィンを生成するのである。

しかし、ドーパミンには不足すると「パーキンソン病に陥る」と言う危険な特性が存在しているのである。

こうした脳内環境から痛みを快感に変え、自然治癒の時間的猶予をもたらすきっかけ物質が、「ベータ・エンドロフィンではないか」と考えられるのである。


テストステロンは、男性の性的機能に影響する【右脳域】の生的・性ホルモンである。

当然ながら、生体の体内で自然生成されている。

しかし近頃の研究では、この生体に有効なテストステロンが低濃度に成ると、「身体活動能力や気力の低下が見られる」と言う。

年齢とともに減少するテストステロン濃度は、老人の無気力化を促し、「鬱病状態との相関性が見られる」とも言う。

当然ながら、テストステロン濃度の減少は、認知症などの疾患の発生に影響があるかも知れない。

性的興奮は、テストステロンの自然生成を活性化し、「性欲増強の働きがある」と言われている。

性ホルモン・テストステロンは、老人の無気力を「改善する可能性がある事を示唆する」と言うテスト結果を出している。

古来から伝わる経験学的な「若さを保つ秘訣は恋愛」と言うのはまんざらホラではない。

つまり、加齢に逆らって若さを保つに必要なのは、色恋沙汰と性的興奮である。
しかしながら、あらゆる社会的制約は、こうした生理的な事情よりも【左脳域的】な思考方向で「良い年齢をして、見っとも無い」などと言う奇妙な感情が支配している。

中高年の男女諸氏に申し上げるが、性的興奮は若返りの妙薬である。

「年だから」などとは、努々言う無かれ・・・。

不老(アンチ・エージング)の特効薬は、言うまでも無く色恋の刺激である。

気力が若ければ、肉体にもその影響が出る。

反論があれば言って欲しいが、それと倫理問題が異質なものである事は明白なので、この論議に於いて事前に倫理問題を持ち出す事は考慮して欲しい。

いずれにしても、肝心なのはメンタル・ヘルス・ケア、つまり癒し(心の埋め合わせ)である。

日々の夫婦の感情は、基本的に「愛憎ない交ぜ」である。

本来赤の他人が、そう思い通りに意思が通じ諸般一致する筈が無い。

どこで間違ったのか、一致する筈が無い【左脳域】の思考を相反する【右脳域】のメルヘンチックに求め合い不満を募らせる。

ある意味「愛」が深いほど「憎」も深まるのかも知れない。

そこに、独占欲が介在するからである。

現実を見れば、結婚なんかは女性が夢見るメルヘンチックなものではない。

日常生活はそんなに甘いものではなく、それこそ、力を合わせて世間の荒波を二人で乗り越えて行く最小単位である。

そこが理解出来なくて、結婚相手の欠点を上げ連ねて不満を言い合うのでは夫婦とは言えないのだが、近頃はそう言う組み合わせばかりが目に付く。

所詮夫婦の「愛」は【左脳域的】に深過ぎてもいけない。

相手に求める思いは軽い方が、「愛」は末永く育めるものである。

お判り頂けたと思うが、【右脳域】の癒し(心の埋め合わせ)を蔑(ないがし)ろにしては、本当の人間らしい生き方は出来ない。

また自らの脳が、身体に「常に美しくあれ」と信号を出し続けるには、それなりの【右脳域的刺激】が必要なのである。



この記述の読後感として、「思いたくない、考えたくない」などの「怒と哀」的な感情論や、【左脳域偏向的】な建前論を優先する方には、「何の参考にもならないものをお読み頂いた事」を心からお詫び申し上げます。

まぁ、感じる、考える、信じるは【脳の機能】なので、そこの所は宜しく。


美しくなれる興奮の解説・付記
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美しくなれる興奮の解説【付記】

「人間」と言う動物の種は、動物学上「特別な存在」である。

しかしながらその特別な存在は「良い意味で」として特別な存在とは限らない。

人間の業(カルマ)とでも言うべきだが、なまじ理性や計算を担当する【左脳域的知能】を発達させてしまった為に、【右脳域的本能】に拠る種の保存本能(生殖本能)や同種に対する共存意識が希薄に成ってしまった。

人間と言わず生き物全てであるが、本来生きる為に状況に応じて対応を柔軟に調整する【右脳域】の本能的な能力を持っている。

その対応を調整する本能的な能力を、なまじ理性や計算を担当する【左脳域的知能】を発達させてしまった為に「アンカリング効果一貫性行動理論アンカリング効果と一貫性行動理論】で捻じ曲げてしまうのが、人間と言う厄介な動物である。

同時に、【左脳域的理由】で同種に殺意を抱き実行してしまう数少ない「愚かな種」が人類である。

こんな事は他の動物種では滅多に無い事だが、【左脳域的知能】の発達に拠って共存意識が希薄に成り、同種で殺し合う永い歴史が人間の歴史である。

本能的な感性を司る【右脳域】と理性や計算を担当する【左脳域】では役割機能が違う。

右脳域】の欲は性欲(種の保存本能)と食欲(自らの生存本能)で、【左脳域】の欲は物欲や金銭欲、つまりは計算が介在した欲である。

近頃では、その同種で殺し合う「特別な存在」が着き詰まる所までこうじて、親兄弟子供にさえ危害を及ぼす事例が増えている。

そして理性や計算を担当する【左脳域的知能】を価値観に「産まない権利」さえも言い出す「特別な存在」の種なのである。

どうも世の中の人間は、何か有ると「私は思った」と主張する。

特に女性は論理より感性で、「私は思った」と、思った事はイコール正しいがごとき言い分を言う。

所が良く考えて見ると、その「女性の感性」と受け取っていた答えが、【右脳域】の直感的なものではなく、社会生活の中で立派に【左脳域】の価値観として「培(つちか)って来たもの」だったのである。

しかしその事に気づいている女性は少なく、本当に「貴方が思う事は、全て正しいのか?」と問うても、「思ったのだから仕方がない。」と、まるで噛み合わないのである。

これでは【左脳域】の発想に基づいた唯の個人感情の発露で、他人を納得させる(説得する)事には成り得無い。

つまり本当の「思い(思想)」は、哲学的だったり論理的だったりするもので、軽率な行動や言動の言い訳が「思い」ではない。

それは「短慮」であり、他人を納得させる(説得する)事には成らない言い分は、相手の気分を害するだけである。

今後貴方は、何かを主張したり行動を起こす時点で、今の結論が【右脳域】の発想に拠るものなのか【左脳域】の発想に拠るものなのかを検証して見たらいかがだろうか?

或いは違う結論が出る場合も在り得るのではないか?


余談だが、最近世間を騒がせている各種の「偽装問題」は、【左脳域(理屈と計算)】ばかりに視点が行って、【右脳域(感情)】の感性を無視したバランスの悪さが引き起こしたもので、民間・官庁を問わずに【左脳域(理屈と計算)】ばかりの人間が「何と多い事」と呆れるばかりである。

ペンネームの未来狂冗談(ミラクルジョウダン)は「未来が狂うのは冗談ではない。」と言う気持ちからであるが、実は人類がドンドン【左脳域】ばかりに価値判断を偏らせて行く心配からである。

例を挙げると、現在の教育は【左脳域】ばかりに偏重して、成績が良ければ高資格を得て「将来高い地位に就いて幸せに成れる。」と、そこから落ちこぼれた人間が心の行き所を失うのも構わず、知識の詰め込みを強要する教育体制に親も国家も血眼に成っている。

つまり教育に於いて【右脳域】の無意識の感性を育てる必要性を切り捨て、私権ばかりを追いかける人間を育て、仕舞いには親子兄弟の命の遣り取りにまで発展させている。

右脳域】の無意識の感性が働かない事は「情が無い」と言う事で、厚生労働省の薬害や年金の処理が、【左脳域】の論理や計算に発想が偏っているから被害に遭う国民の救済など眼中に無く、被害に遭われた方々の【右脳域】の被害感情を汲み上げる態度も無く全く噛み合わない状態を長々と続けている。

「成績優秀な官僚」と言っても優秀なのは【左脳域】の論理や計算だけで、人間性のバランス【右脳域】の「無意識感性に欠ける人間に育っている」と言う事である。


政治に【右脳域】の感性を持ち込まない悪政をするから、弱者は【左脳域】の論理や計算の中で切り捨てられ、「障害者支援法」と言う名の聞き触りだけ良い「改悪法」がまかり通る。

政治家は「国益の為」を連発して国民に犠牲を強(し)いるが本末転倒で、国民有っての国家ではないのか?

小泉・竹中政治の「情が失われた五年間」は、正にこの【左脳系価値観】一辺倒の、取り返しが付かない偏重政治である。

小泉・竹中政治の間違いは、米国型の自由競争社会を強引に日本に持ち込んだ事である。

人間以外の動物達には「嘘偽(うそいつわ)り」と言うは行為はない。

「人が為(な)す」と書いて偽(にせ・いつわ)りである。
冗談ではない事に、多くの政治家や高級官僚や宗教家、時の総理大臣さえも、この見え見えの「嘘偽(うそいつわ)り」を、恥ずかしげも無く手段とする。
注)、政府・官僚の嘘偽(うそいつわ)りの例は、隠し赤字の実体】を見て欲しい。

この赤字付け替えの「郵政民営化と道路公団民営化」が、小泉内閣の偽(いつわ)りの功績である。

何しろ年金法案は通過させる為に「百年経っても大丈夫。」と言って置いて、その舌の根も乾かない内に「宙に浮いた年金問題」が浮上すれば、「最後の一人まで照合する。」と言い、それも出来ないと判ると「あれは選挙の時だったから。」とシャアシャアしている。

まぁ、【偽装】の本家本元がこの国の内閣では、誰を信じれば良いのだろうか?

つまり【左脳域】 の理性や計算が発達した人間だけが、己の利の為に「嘘偽(うそいつわ)り」を、あたかも「テクニック」と位置付けて「恥」とも思わない者が指導者をしているのである。


これでこの国の指導者は未来の為に、子供達を「どう言う教育をしろ」と言うのか?

小生が小学生の頃は、米国から沢山の西部劇映画が入って来て盛んに上映された。

その頃印象に残った映画の台詞(せりふ)が「白人嘘つく、インデアン嘘つかない。」である。

汚れを知らない純真なインデアンは、白人より遥かに【左脳域的】な発想に疎(うと)かったが、それだけ自然に近い【右脳域】の本能的無意識リラックス状態で生活をしていた事になる。

馬鹿正直なインデアンは白人に騙され、また騙されて土地を追われ、自由を奪われて「居留地」と言う名の「狭い土地に押し込められる」と言う悲惨な時代を経験した。

米国の精神は、良く言えば開拓者魂(フロンテェイア・スピリット)、悪く言えば「開拓」と称して他人の土地へ押し掛け、居座り強盗をしたのが開国以来の歴史的な精神である。

この歴史的な背景は、今日でも国際社会における米国の軍事力を背景とした利権姿勢に露骨に表れて来た。

言わば武力を背景にした経済外交をしているのだが、そうしたダーティな部分を建前で切り捨てて置いて、武力を持たない我が国を米国かぶれした首相と学者大臣は愚かにも「米国型と同じ様な自由経済社会にしよう」とした。

まともな人間なら少し考えれば判るが、自分の家と隣りの家では各々で諸般の事情が違う。

小泉氏・竹中氏の取った政策手法は、その事情が違う家が「隣りが上手く行っているから。」と無理して隣りのやり方に合わせるような「稚拙」なものである。

断言するが、「いざと成る」と軍事力を背景にしてでも国益に有利な駆け引きができる米国とは基本的に大きく体質が違うのに、自由競争経済の「表面的な格好」ばかり真似ても上手く行く訳が無いのである。

拉致問題と日米政府の温度差】に飛ぶ

鍵を掛ける習慣がないほどの安定安全社会だった全て身内気分の村落・・「村社会」を破壊したのが米国を含む西洋文明である。

日本の庶民社会が「性に対しておおらか」だった事を米国を含む西洋文明が、性に対して自分達と考えが違うを持って「野蛮」と言うのであれば、この十八世紀から二十一世紀の今日までの米国を含む西洋文明が「野蛮な文明では無かった」と言うのか?

私の愛した日本の性文化】に飛ぶ

米国を含む西洋文明の歴史は、あれこれと理由を作り「戦争、侵略、暗殺、銃社会」と言う「犯った国(者)勝ち」の身勝手な発想を実行して来た「野蛮な文明」である。

それを真似した明治維新以後の日本政府は、「戦争、侵略」と言う強引な欧米化を推し進め、昭和前期の大戦に国民を巻き込んで甚大な人命被害と財産被害をもたらせたのである。

日本経済の再生は過去の歴史から学ぶべきで、小泉氏・竹中氏の薄っぺらな「米国型経済化」と言う構造改革は、「国家固有の事情を考慮しない」と言う観点で、強引な猿真似(ウゥ〜ン、猿でもしないから猿に対して失礼かも知れない)と言う過去の過ちを繰り返すものである。

米国かぶれした小泉氏と竹中氏の五年間は、【左脳域】の論理や計算だけの政治で、彼らが行なった「規制緩和」と言う箍(たが)を緩めた結果が、ライブドア、構造設計偽装、違法ホテルチエーン、コムスン、駅前留学のノバ、などなどの【左脳域】論理で「儲ける為には手段を選ばず。」の急成長企業を生み、順法に徹した中小企業は彼らに駆逐された。

それのみならず、「規制緩和」はタクシーや観光バスなどの許認可を緩め、結果的に従事する者に過酷劣悪な労働条件を強いる結果になった。

今日、我日本社会は、小泉氏と竹中氏が思い描いた「米国型」の極端な過当競争個人社会に成り、利の為には手段を選ばない会社と、雇用不安と老後不安に怯え無差別殺人や近親殺人に明け暮れる、正に「米国型」の恐ろしい社会に成ってしまった。

つまり小泉・竹中政権の政策は、形だけに拘って「米国型の悪い所取り」ばかりをしたのである。

米国型の私権尊重型・自由競争社会の行き着く所は、ラスベガス(警察ではなくガードマンが治安維持している)以外に路上自販機が設置でき無い社会である。

米国は日本では考えられないほど治安が悪く、もう三十年以上も前から危なくて自販機が路上に置けないらしいが、そんな社会を竹中氏が言うように日本国民が望んだのだろうか?

この私権尊重型社会が弁護士がやたら儲かる訴訟社会らしいが、もう日本でも戦後第二世代(団塊第二世代)が親になり「モンスターペアレンツ」なる教育現場での私権主張が問題に成っている。

最後に、小泉・竹中氏の彼らが何を語ろうと、結果がご覧の通り全て証明している。


総理を或いは議員を「止めたから」と言って、この自然豊かな日本の国で、自然を愛でる余裕も失うくらい追い詰められて自殺される方が多数居る国にしたのは、見下げ果てた小泉・竹中氏であり自民党政権である。

彼らを、けして赦すべきではない。

小泉政権成立当初からその危険性を提言していた私としては、例え私一人になろうとも質濃く小泉・竹中の悪政時代を告発し続ける覚悟である。

左脳域の「利の論理ばかり」を優先する連中は、この「掛け替えの無い地球に、人類に、」今何が起こっているかを知ろうとしない。

米国型の資本自由主義は、根本に「左脳域の利優先」がある時代遅れなイデオロギーであるから、この地球環境破壊を解決など出来得ない。

このまま資本自由主義の暴走を止めないでは、「投資マネー」と言う「バーチャル生産のマネーゲーム」の中に「リアルの生産」が翻弄(ほんろう)され埋没して、人類の糧(かて)となるべきリアル生産力が劣化消耗してしまう事だろう。

また、現在の地球環境の悪化(温暖化)は正しく「利の為に何でも有り」の資本自由主義の為せるものである。

そうなると、米国型の資本自由主義を基本とした政党ではこれからの時代には通用しなくなる。

つまり現状のイデオロギーの枠を取り外してまったく新しいイデオロギーの基に新しい政治手法を採らなければ、手遅れになるのである。

地球を救う共生主義」と言うイデオロギーへの転換

しかし彼ら自民党の【左脳域的】な考え方は、国民にすべからく蔓延している。

基本的に、この戦後六十年の大半を政権与党に在ったのだから、社会的教育傾向が当然資本自由主義に偏重していたからである。

それに昨今の風潮として、「結婚すると個人の自由が無く成る」とか、「子供を産むと金がかかり、自分が楽しめなくなる。」と言った【左脳域(理屈と計算)】ばかりのバランスの悪い人も多いので、この国の全てが【左脳域(理屈と計算)】ばかりに「偏った国に成ってしまったのではないか」と、嘆く次第である。


月光仮面川内康範氏の「無償の愛」は、正しく今は軽んじられている【右脳域 】の価値観である。

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