近頃の中・韓の反日騒動は、客観的に見るとひどく見苦しい。
破壊的な手段は、好結果を得られない。
自分達の意志をアピールし、理解させるのが目的なら、あまりにも稚拙である。
冷静に見ると大きな「盲点」である。
つまり感情部分を排除し、「客観的に考察」するのが、この考察の目的である
対国家の問題で、過激なアピール手段は反発を呼ぶだけで、理解しあう効果などは無い。
当然ながら、一部の煽動者を除けば、ほとんどが愉快、便乗、ストレス解消など、本音の部分では「騒動そのもの」に目的を感じる。
ただ、人は群れると個人の感性を忘れ、目的の共有感に酔いしれる。
人格が変って、稚拙な行動に走る。
逆に、此れらの過激な連中が、日本に対する「中・韓の意志の全て」と取るのも、疑問である。
良識の人は、双方必ず存在する。
今回の騒動には、日本として冷静に対処する大人の対応が望ましい。
ただ、歴史的事実などは、相手に対しての反論よりむしろ日本の知らない人々に対して、真実を知らせる必要がある。
当時日本が被害をもたらしたのは事実であるが、事実と異なる話しも多々ある。
黙っていると、彼らの言い分をそのまま信じる日本の若者も多いからである。
この部分をホローしてくれるサイトは多いので、事実関係の立証はそちらに譲るが、基本的に国家間の対立を助長するような論調は、「けして双方の為に成らない」と、心して欲しい。
二国間の歴史は両側から見るべきで、民族意識に拘ると広い歴史観は得られない。
国際間の歴史は、多角的に見て行かないとその本質を見誤る。
その上で堂々と事実を検証すべきで、感情論を言い合うようでは子供の喧嘩である。
この六十年間、日本は加害者と言われ続け、相手に謝罪し続けた。
経済的にも、援助と言う名の補償をし続けて来た。
これは、「和を持って尊し」の日本文化が、相手に通じる処か、つけこまれる事を意味している。
此れも、自覚が無い故の「盲点」そのものである。
イエス、ノーをはっきりしない曖昧(あいまい)文化が、「強い意思表示」とならず、相手にはあやふやな意思表示と受け取られる。
言い方を変えれば、謙虚や遠慮の美徳は日本の文化であるが、対外的には「意見を言わないずるい人種」或るいは、何も主張して来ないから「負い目を認めている」と映る。
つまり、いつまでも「たたき易い」のが、日本なのだ。
それを、「日本の文化だから理解しろ」或るいは、「日本の文化に、外からとやかく言うな」と
捻じ曲がった愛国心でものを考える。
確かに日本人同士なら、「腹芸」とやらで通じる。
面と向かってはっきり断るのが失礼と言う合意が「鎖国島国」で育ち、対外的接触が無いので、それが通じない相手の方がおかしいと、勝手に思い込む。
日本では「考えて見ます。」「研究して見ます。」が、しばしばお断りの回答として使われるが、他国の人にしてみれば、文字通りに受け取る。
それにしてもこの歴史認識、言われる日本側に「ある種の国家的怠慢」があるのは事実で、戦後生まれの若者に、正しい情報を提供する事を怠っていて、言われても仕方ない。
しかし、相手国側も、追求先が日本に限定しすぎているのはいかがなものか?
一つの出来事を例に取り、矛盾を提起してみたい。
それは、日本の敗戦後に起こった戦争・・極東最後の戦争「朝鮮動乱」の事である。
「朝鮮動乱」は、東西冷戦が熱をもって表面化した朝鮮半島の「不幸」な出来事だった。
北を支援する「ソ連と中国」を主力とする共産主義対、南を支援する「米国」を中心とする資本主義との代理戦争に近隣の朝鮮半島が舞台とされてしまった歴史的事実がある。
半島は戦火に包まれ、今日のように国は二つに分断されてしまった。
その、歴史認識はどうなっている?
私には、日・韓、日・朝の未来を考える時、前々から素朴な一つの疑問がある。
それは日・韓、日・朝間に置ける韓国、朝鮮の日本に対する「歴史に対してのバッシング」が、六十年を経て、変わる事なく今日まで続いている事である。
戦前、朝鮮半島に於いて日本がした事は、「けして褒められたものばかりではない」が、その後起こった朝鮮戦争の「影の仕掛人」であるソ連、中国、米国等には、日本に対する程強い調子で物を言っていないのは不思議だ。
少し歴史を遡ると、大陸側からの朝鮮に対する軍事侵攻の事例は、数多いはずだ。
そうした相手に、「歴史的反省」などを質濃く要求した事実など、中・韓ともに、少なくとも私は知らない。
つまり歴史認識問題も、いい易い相手にしか強くは言っていない。
これでは、ヨーロッパにおける「EU共同体」のような、過去より未来を見据えた極東共同体は、永遠に生まれない。
もし、アニメ「ドラえもん」に於ける「スネオ」のように、強い「ジャイアン」には「ゴマをすり」、いじめ易い「のび太」には強く出るとしたら、国際間も子供の喧嘩になってしまう。
つまり日本の「和を持って尊し」の文化は、相手には、「のび太」のやさしさとは取らず、「ジャイアン」が弱い相手を見下す類の根拠になっているのだ。
こんな事では「東アジアの共存共栄」は謀れない。
この図式を、日本の人々が自覚し、理解しないと、問題の解決にはならない。
国際化時代の誇れる日本人に成るには、相手の理不尽さに反発するだけでなく、日本式の社交文化が、島国日本の「中でしか通用しない」事を認め、対処する事から始めるべきである。
ここで、先の大戦で「見落とせない部分」のある事も書きたい。
周辺諸国から加害者と扱われる日本の戦前戦中の出来事の中で、唯一日本が一方的に被害者になった対ソ連(現在はロシア)との問題である。
大戦末期、既に劣勢になっていた日本に、「不可侵条約」を一方的に破って参戦し、北方領土千島・樺太を占領し、未だに返さない事は、見過ごされて良いのか?
樺太問題のおさらいは、「新樺太市長様」の新樺太市HPを参照して頂きたい。
そして、国際捕虜条約を犯し、多くの日本兵捕虜をシベリアに抑留、長期に渡る「強制労働」をさせ、多くの病死者を出した事実の歴史認識をも、である。
シベリア抑留に関しては、「おばた様」のHP晩秋記HPを、紹介させていただく。
ここでロシアの件を持ち出したのは、前述する中・韓を強い相手には何も言えない「スネオのごとき」と表現した以上、対ロシアに置いては、日本政府及び日本人が、ジャイアンに遠慮する「スネオ」で居た事実がある事も明記の必要を感じたからだ。
つまり日本の戦後は、波風を恐れての事なかれを第一に、「臭いものに蓋」式の、うやむやに失われた歴史認識を、ひたすら醸成したのではないだろうか?
誇れる日本人に成る為の一歩は、他国との「お付き合いの心構え」である。
感情的には愛国心の勘違いが、日・中・韓の人々に蔓延している。
ならず者の支配する北朝は論外であるが、個々の中・台・韓の人々と接して見ると、温度差はあるが、日本人がそうであるように、大半は善良な人々である。
悪人も存在するが、その割合は日本と同程度であるはずだ。
逆説的に言えば、善良成るが故に信じ易く、意図のある輩に扇動され易すい。
悪いのは、裏で糸を引く黒幕である。
彼らの主張は多分に「言いがかり」であり、歴史的に見ても根拠のないのは、私も百も承知である。
しかし、声高に反論するしか打つ手はないのか?
みすみす相手のレベルに自らを落としめる事は無い。
少し、思考の出発点を変える発想はどうであろうか?
国家と言う単位の「帰属意識」は大切なものではあるが、感情を優先すると、第三者が外から見れば「どっちもどっち」で、見苦しいだけである。
大人の対応が出来る民族こそ、世界に誇れる民族と考えたい。
そこで作戦だが、まず、国際的に「味方を増やす事」である。
処が、ここに日本人の大きな勘違いがある。
今の日本に真実の味方は居ない。
訳の解らない相手に、世界の人は心を開かない。
あやふやな返事に終始するのが、彼らの「日本人感」なのだ。
米国の日本に対する態度も、「ジャイアン」そのものである。
つまり、石原慎太郎氏が言うように、「ノー」と言えない日本人は、世界からバカにされるだけである。
歴史的検証で、証拠を上げて訴えても、有効に機能しない。
今の日本が正しいと言い張っても、腹のそこでは相手にされない。
そこに気が付いていない事こそが「本質」である。
解説すると、原因は、日本人の「独りよがり」な考え方である。
それでも日本人なら日本文化(日本的常識)を誇るのが「正しい」と言われそうだが、「日本の常識は世界の非常識」と言われるくらい、他国人に理解され難いものである。
世界の舞台ではマイナーな「鎖国島国時代」に育った常識を、ここ数十年、経済力を背景に何処へ行っても強引に押し通して来た。
これが「日本の文化だ」と、称して・・・・
日本の文化を誇るのは、日本人なら当たり前である。
愛すると言う点では、私も負けない自負がある。
日本の文化を誇りたいのは同じであるが、それを相手に認めてもらうには、「相手の文化を認めた上でこそ」、の条件が付くのではないか?
日本人の「勘違いの誇り」が、相手の文化を否定させ、自分達の常識を押し通す。
それで、周りの理解や支援を得られるわけが無い。
一例を上げると、これだけ国際的経済交流時代に、ライブドア=フジのバトルで、多くの学者、政治家、マスコミなども、「日本ではなじまない」と、国際基準では無く、日本基準で物を考える。
恥ずかしげも無く、テレビカメラの前で発言し、それが世界に配信される。
それでも違和感を覚えない、守旧的愛国主義者が数多い。
それなら、江戸期の鎖国を再開すればよい。
生産物は売りつける(輸出)が、「相手の経済常識は認めない」では、相手が信頼する訳が無い。
そもそも大和朝廷によって、日本列島の西日本統一が実現された時、征服(侵略)部族の王達が神格化された事もあって、「神の威光で統治する」と言う呪術的発想から、「軍事力ないし警察力の行使」と言う汚れた仕事は、国家の制度の内に「公式のものとしての存在を認めない」と言う世界でも類の少ない建前の「特異な制度」が採用された。
この建前の「特異な制度」、「神の威光で統治する」が採用されたのは、当時バラバラだった部族を、平和的に一つにまとめるには、「精神的な支柱(神の導き)」が必要だったからである。詳しくは皇統と鵺の影人に飛ぶ。
日本の歴史を見てみると、日本人が如何に「建前」にばかりに拘(こだわ)って居るかが判る。
余りにも一民族丸々の人間が、その「建前」を普通の事のように受け入れて、不思議に思わない所が問題なのである。
つまり、「建前」でものを言いながら、本音で違う行動をするから、そこが外国人に理解されない点である。
日本は神代の昔から、武力ではなく「大王(おおきみ・天皇)の威光(信仰的な精神世界)で国を治める」と言う、理想主義的な信仰を利用したところから国の形態が成立した経緯があり、「建前」に重きを置く民族である。
それは「建前」で物を言うから、内容は立派である。
例えば米国の銃社会を批判するに、その前提は「建前の精神世界」である。
乱射事件が起きると、銃の規制より護身用所持に走る米国民を安易に「建前」で批判する。
しかし、これは諸外国と比較すると、ある面日本人の独り善がり的なところである。
勿論「建前」だから日本人の言い分の内容は立派だが、国際社会では、もっとリアル(現実)な考えかを持つ民族の方が遥かに多いのである。
何故なら、「建前の精神世界」でも毎日のように無差別通り魔殺人は起き、暴力団は容易に拳銃を所持している。
そこまで行かなくても、大企業の営利主義による「トラブル隠し」は、たとえ「間接殺人になろうか」と言う危険なものでも、平気で隠そうとする。
国民の「範」足るべき代議士から高級官僚、警察官から教師まで、犯罪またはルール違反をする度に、イレギラー(特殊)だと「建前の精神世界」に逃げ込んで、物事の本質を見ようとしない。
そうしたイレギラー(特殊)の当事者は何も特殊な人間では無い。むしろ何処にでも居る普通の人間である。
日本人は、何か事あるごとに、それは「有るべきでない事」だから、自分達は立派な民族で、そんな悪い奴は「日本人としてイレギラー(特殊)である」と言い続け、その「建前の精神世界」を持たない国は「おかしな国だ」と主張し続けている。
所が、外国が外から見ると、その日本や日本人の現状に「建前」と乖離(かいり・かけ離れている)している行動の事実が日常的にあるから、公式発言はとても信じられないのである。
そして、その文化を「独自文化だから理解しろ」と言うのは、日本人の傲慢(ごうまん)である。
まぁ、何処の民族、何処の国家も独善的ではあるから、互いにそれを言い立てても永久に話はかみ合わない。
もし日本と言う我が国が、大人の民族・大人の国家なら、まずは己(おのれ)から改めるべきではないだろうか?
それとも今まで通り「正しい事を言っていて何が悪い」と、妖しげな建前を振りかざし続ける民族・国家なのだろうか?
この事一つ、「日本的でないから譲れない」と言う考え方が、「愛国心」と言うなら、常識の基準が違う相手国から、「稚拙な文化の民族」と思われても、仕方が無い。
こちらの文化だけを「理解しろ」は、いかがな物か・・・?
盲目的愛は国や文化を愛してはいるが、愛し方が独善的である。
国を救う愛国心では、ない。
固有の「文化、常識、」を主張すると言う事は、すなわち「敵を作る」と言う事で、
あまり利巧とは言えない。
ちょうど、ブッシュ大統領率いる「米国の正義」が世界各国から疑問視されると、同じ構図である。
日本側の考え方を変えて、味方作りから始めないと、百年たっても、この騒動は続く。
今回の歴史認識における中国側の言い分には、もっともな部分もある。
日本側の、「臭いものには蓋をしろ」的な歴史教育の扱いは、歴史を題材にする「もの書き」としては「意図的お粗末」が感じられ、到底容認できない。
此処に、近隣国から付け込まれる隙間がある。
しかし、それだけの単純なことではない。
正に、中華人民共和国が現代の国際化時代に多くの国から認められる為に「乗り越えなければならない部分」が「表面化した」のである。
中国の根本思想を紹介しよう。
下記の記述は、私の小説>「倭の国は遥かなり」の一部を引用している。
中国の後漢時代、日本列島や朝鮮半島を呼ぶのに「倭(わ)の国」と言った。
この「倭」であるが、「河の対岸」と言う意味がある。
中国大陸から見て、隔たって「手が届かない所」と言う意味である。
前に、さえぎるように横たわる「河」は、何処を指しているだろう。
注)、「河」については、小生の書いた<古代日本史の考察>第二章 「飛鳥時代を読み解く」
を、参照願いたい。
また、倭と言う文字は素直に読むと「人に任せる(託す)」と読める。
自分達を中心に考えた中国独自の表現の方法で、読みようでは「支配の及ばない所」と言う事になる。
だが、あくまでも「他人に任せる」と属国がごとく表現する。
この、「自分達を中心にものを考える」のが、中華思想である。
そして長い歴史の大半で、近隣諸国を属国または、属国扱いをしてきた。
中華と言う言葉が、そのものを表している。
これは長い間の中国文化のもので、現在の政権も、その上に乗って政権を維持しているに過ぎない。
その身勝手で独善的な思想が、近隣の経済大国(私には借金大国にしか見えないが)日本に対するジェラシーとなり、今度の国連常任理事国入り騒動で、「暴発した側面」がある事も、否定できない。
中国民衆にあって、中心はあくまでも自分達中国で、他にリーダーが増える事が不満なのだ。
あえて言えば、此れは中華人民共和国の将来にとっても、克服すべき「国内問題」である。
なぜならこの中華思想は、此れからの近代化にとって「じゃまな存在」であるからだ。
愛国心の定義は何だろう?
竹島(独島)の領有権問題を例に取り上げて、考えて見る。
愛国心とは、自分の住んでいる国を無条件に愛する事だろうか。
人はそれを、当り前(常識・普通)だと言う。
相手国がある場合、その愛国心は闘争心と相手憎さに変わる。
大半の日本人、また大半の韓国人もそう感じるだろう。
それは「帰属意識」と言う感情の発露であり、理性は片隅に追いやられる。
すると、人が他人を愛するのと同じように、愛国心にも「感情的で独りよがり」な愛があると言う事か。
人間同士で、「独りよがりな愛」を感情のままに押し付ければ、結果によっては自分も相手も傷つける。
人が、国に置き換わっても、同じ結果になる。
愛に、様々な愛し方がある有るように、愛国心にも、感情論や闘争心に基づかないものが有ってもよい。
愛が必ずしも、国の為になるとは限らない、かえって国や国民を傷つける場合もある。
つまり、「思いだけ(感情)の愛」は正義とは限らない。
他に恋人の居る相手を、「自分に愛があるから」と勝手な理由で強引に略奪するのは、非合理的である。
ましてや、竹島(たけしま)またの名、独島(トクド)問題には、海産資源と鉱物資源の取り合いと言う国同士の「資源の恵み」の取り合いが本音の部分にある。
孤島の領有権紛争の本質など、何処の場合もそんなものだ。
それが愛国心であるなら、冷静に見れば、醜い争いである。
かと言って、国家同士である以上、互いに譲れる問題ではない。
本来、地理的にも人種的にも最も近い両国民が、小さな岩の島一つでいがみ合うのは悲しい話である。
両国民は、元を正せば「倭の国」の範疇に入るルーツは同属(同一民族)の出である。
私の書いた「飛鳥時代を読み解く」を を読んでいただければ、そのかかわりが理解できる。
ただし、千数百年の歴史が両国民の絆と心を引き離してしまった。
しかし、「考え方が違う」と敵対心を抱けば、あなたの身内でさえ敵対心を抱かなければならない。
国の帰属以前に、個々の人間の考え方は違うのである。
帰属する国を判断とすること事態、奇妙な事である。
日本の神話によると、スサノウは元々「海の神」である。
スサノウ(須佐王)は、倭の国の一部、「西日本列島統一」の大王であり、国と海の守り神である。
このスサノウが、部族ごと半島から日本列島に渡って来た呉族系・海洋民族の王族の長である。
スサノウは古代・狗奴国(くなくに)の初代の統一大王であり、初代大和朝廷「神武天皇」の祖である。
したがって、半島はスサノウにとって故郷であり、日本列島は住み家である。
それ故、「神スサノウ(須佐王)」は「倭の国同士」の争いには、姿を変えて必ず現れる。
特に、海峡を挟んだ朝鮮半島の民と、日本列島の民が合い争うとき必ず現れ、仕掛けた方が、海で罰せられる歴史がある。
まず、六百三十年頃の白村江(はくすきのえ)の戦いについても、触れておきたい。
この頃日本の朝廷は、呉族・百済系の有力豪族王たちの擁立の元、女帝の斉明天皇が即位していた。
処が、当時血縁の深かった半島の国、百済王国が、大陸の唐と半島の新羅に攻められ、滅亡状態であった。
百済復興の為に、大和朝廷は半島に大軍を送り、白村江(はくすきのえ)で、大敗を喫している。
この白村江の戦いで、唐・「新羅連合」百七十隻に対し,「大和・百済連合」四百隻が破れている。
圧倒的に数に勝りながら、列島の民は、初めての大遠征の海戦で敗れ去った。
海峡を挟んだ、最初の大海戦の結果である。
鎌倉後期、執権北条時宗(第八代)の時代「元寇」として日本に襲来したのは、実は「元」に命じられた半島(当時・高麗国)の民だった。
この時は、二度(文永・弘安の役)の襲来の度に「神風」が吹いた。
海が暴風に荒れ狂い、「元」の海軍(実は半島の海軍)は大打撃を受けて撤退した。
スサノウが、怒り暴れたのだろうか?
内陸の国「元(モンコル)」には、本来海軍はない。
厳密に言うと、第二次襲来の「弘安の役」の後続(増援)部隊は、属国にされた南宋国(呉族系・中国人)の海軍だが、此れが到着した時には海峡の海はもう荒れ狂っていた。
南宋の船団は、戦う事なく被害を出し、撤退している。
秀吉の朝鮮征伐(文禄の役)の折には、「李氏・朝鮮国」側に朝鮮民族の英雄「李舜臣(イ・スンシン)海軍提督」が現れ、日本側の水軍(海軍)は壊滅的打撃を受けた。
李提督にスサノウが乗り移り、海峡の争いを封じようとしたのかもしれない。
明治時代初期に起こった「征韓論」では、竹馬の友であり同志であった西郷隆盛と大久保利通が対立し、内乱(西南の役)に発展、維新の英雄西郷隆盛は、非業の死を迎えている。
或るいはスサノウが大久保利通に宿り、無二の親友を殺させても、「倭人相打つ」を阻止したのかもしれない。
最近では、竹島・韓国名は独島(トクド)の領有権問題が浮上すると、対馬海峡玄海沖で予測外の海底地震が発生、日韓両国に被害をもたらした。
とくに、半島側では過去に地震被害の歴史はほとんど無く、此れぞスサノウの警告なのかもしれない。
スサノウについては、天照大神とのかかわりを含めて、小生の小論<古代日本史の考察>の第一章神話時代を読み解くに、詳しく載っている。
それでは、明治四十三年の「日韓併合」の時、なぜ神は現れなかったのか?
当時の大韓帝国と大日本帝国は、元を正せば同族の倭人であり、スサノウの愛する民である。
争いなくして統一されるのを、神は望んだのではないか・・・・。
倭人の神の受け取り方では、侵略とは捕らえず、「復縁だった」と考えるのはおかしな事だろうか?
当時、大韓帝国は経済的に疲弊し、「このままでは国が潰れる」と言う危機感があった。
本来、現在の韓国の状況を見ても、万一「統一によって北朝鮮を受け入れる事の、韓国の経済的打撃は計り知れない。」と、早期統一には消極的である。
同じ状態に、当時の大韓帝国はあった。
「赤字会社を引受ける」・・・そんな、「うまみの無い合併」など、利潤を追求する営利会社同士なら、けしてありえない。
それでも、日本政府はあえてこの経済的負担を負う選択をした。
事実、半島運営のために日本政府は、相当無理な財政収支を行い、半島経済を立て直している。
当時の大韓帝国は、対露国、対清国などの近隣の大国の圧力に翻弄され、西欧諸国も虎視眈々と朝鮮半島の植民地化を狙っていた。
この環境下で、合併双方(日・韓)の政治家の一部から「救済合併論」が台頭し、日韓合併が実現したのが、真実の歴史である。
世の常として、一部の心無い日本人が合併後の半島で優位に立ち、無法な行いをしたのは事実で、認めざるを得ない。
しかし、戦後の混乱時に、「戦勝国民」と称して優位に立ち、在日中国人、韓国人の一部が、警察権が及ばないのを良い事に、無法を尽くしたのも事実である。
その影で、戦前、戦中を通して台湾、満州、朝鮮半島、いや日本国内でも、個人ベースの友情は育くまれ、互いに信頼し合い、助け合って生活していた心の交流が有った事も、また、真実である。
竹島(たけしま)またの名、独島(トクド)は、戦前の日本側には明らかな占有の歴史と証拠がある。
しかし、戦後は韓国軍が駐留支配している。
領土を守るのは、主権を守る事であり、「国益を守る事」であるが、近隣国家同士の関係そのものが、「大きな国益」であるはずだ。
帰属意識の意地の張り合いは「いかがなものか?」
確かに互いに引けない感情もあるだろが、もっと大きく両国の将来を考えられないものであろうか?
共有する二千年の歴史からすれば、大事なのは「目先の事では無い」と理解するはずである。
米国、カナダ、オーストラリアの親密な関係、ヨーロッパ大陸に出現した「EU」、それに引き換え、極東アジアの連携の無さ・・・・
長い目で見ると、極東アジアは世界から取り残される。
小さい主張の為に、大きなものを失う事は、多々ある。
嘆かわしいばかりである。
次に【従軍慰安婦問題】と言う歴史の認識について、考えてみた。
従軍慰安婦?歴史的背景を考えない歴史認識とは何だ?
戦前から太平洋戦争当時まで、【娼婦(館)・女郎(屋)】と言う物が存在した。所謂、売春宿である。
この頃は、日本では「公娼」が認められていた。つまり、事の善悪は別にして「合法の存在」だった。
当時の「日本の現状は」と言えば、【軍部と結託した財閥】に富が集中して、地方経済は貧困にあえいでいた。
蛇足ながら、此れは最近の【政府・官僚と結託した大企業】の富の集中に酷似している。将来的に恐い話しで有る。
いずれにしても当時の庶民は貧しく、特に農家に現金収入を得る道が無かった。それで当座の金に困ると「生きる為に、身内を喰わす為に、」田畑を質(しち)に借金をしたり、娘の身を売らざるを得ない境遇の農家が数多く居た。
この受け入れ先が、【娼婦(館)・女郎(屋)】である。
列強国と言われた日本の内地でもその状態だったから、半島や大陸の現実は、モット困窮していたはずである。それで仕方なくとは言え、娼婦や女郎のなり手は多かった。つまり、半島の女性は【応募した】と言う説がまともである。
しかし、親に売られたと言う現実を認めたくない心情は理解できる。
また、帰国後に取り巻く社会環境においても、犠牲者で居続けなければ、身の置き場が無いのも理解できる。
これらの娼婦館・女郎屋の類は「民営」で有って公営ではない。その業者が、戦線の拡大と伴に商売として外地へ進出して行った。
勿論【従軍慰安婦】なる言葉は無かったし、軍が直接管理運営していた訳ではない。しかしながら、軍が業者に要請していたのは事実で有る。
そう言う意味で、【実質従軍】と取られても仕方が無いが、これが、【強制連行による】とされるのは少々疑問で有る。実際には【日本人娼婦が大半】で有り、軍の要請も、将兵の好みから出来るだけ日本女性を要請していた現実がある。
軍が要請していた事は、大きく分けて二つの意味(見方)を持つ。
ひとつは【国家絡み】と言う事で、国がその全ての責任を負うべき事である。
その対極にある見方が、今ひとつの、【戦地と言う特殊環境の中で】、見落とされ勝ちだがこの娼館・女郎屋を占領地に帯同したのは、「日本軍の良心」とも取れるべき事である。
建前では無い現実として、明日をも知れぬ命の前線の軍人が、性的行動を戦地で起こさない方が不思議で、表面化しないが個人の犯罪は何処の軍隊にも存在する。
そうした意味では、占領現地の女性を守る為に、軍が要請した【娼婦(館)・女郎(屋)の画期的制度】の事が問題で、野放しの【他国軍の個人の犯罪】は問題視されないとしたら、矛盾ではないだろうか?
世界で唯一本音の対策を考えたのが日本軍である。つまり、他国軍は対策をしていなかっのだ。
何しろ武器を持った若い野獣が、うろつくのである。残念ながら、人間の性は一筋縄ではいかない。
此れについては小生の小論<人間 の性と精神の考察>をごらん頂きたい。
この問題、【性の問題】だけに建前でものを考え易い。
建前だけで言うと「そんな悪い兵隊(人間)は世界中に居ない事」になり、軍の要請は【そのものが不埒】と判断され易い。
だが、現地での日本軍の不幸な出来事は、相当に抑止された。つまり、【日本軍は基本的に紳士だった】ので有るが、この事実も、娼婦・女郎の【犠牲】の下に成立っているので、おおっぴらには威張れない。
現に、戦後の日本復興と伴に【娼婦館・女郎屋】はその存在を問われ始めるのだ。
(後の昭和33年4月・赤線廃止令は執行される。)
戦後は環境的にも、【農地開放政策】で農家が【土地持ちの資産家】に変身し、【身売り】の最大の供給源は無くなった。
戦後、世間の様変わりで、女性にそう言う犠牲を強いる事は【社会合意】から外れ、現在では過去のその事実だけでも相当に後ろめたい。
軍の要請で、占領地に進出した【娼婦館・女郎屋】であるが、基本的に戦争と言う【異常心理の中での可能性】と言う前提があっての対策である。
だが、この行為は相手国には評価されない。
つまり、【戦争そのものが犯罪】で有り、他国への【軍の進攻そのものがレイプ】なのである。
そう言う意味では、何を言われても仕方が無い。
だが、【世界でも稀な良心的軍隊】の一面があった事を証明できるのが、【従軍慰安婦問題】の側面でも有る。
この性の問題、【忘れがち】だが敗戦後の米進駐軍占領時代に、臨時日本政府は性的治安に危惧を抱き【性の防波堤】として、「やまとなでしこ」を募集した。
どちらにしても、こうした起こり得る「性の本音」に、現実的な対処をしている所を見ると、建前は民衆に押し付けていても、本音がある事は充分に承知していて、それを使い分けるのが二枚舌の国家権力と言う事に成る。
募集され女性たちが、無理解な一般の人たちから【パンパン、オンリー】等と卑下されながらも、【尊い犠牲】の上での占領米軍人の暴走対策とした生々しい事実は、遠い記憶になりつつある。
【強制連行】と【従軍慰安婦】は、事実関係が限りなく怪しい。
此れは、戦争の【負の遺産】であるから、どちらかと言うと問題を先送りにしてきた過去の官僚、政治家に責任がある。
本来、その【リアルタイムに至近で有るほど】実際に近い検証ができ、【世間の物差しのメモリ】も互いに近いと言える。
六十年も経つと、「身売り」等と言う当時の感覚はなくなり、先方の言い分も「現在の物差し」が基準になる。
此れは、【歴史認識問題】も同じで有る。
日本の政治家、官僚は、【日本式に蓋をし続けて】こじらせてしまった。
他国政府から言われ続けている原因が、自分達の先送りにある事に、日本政府は気が付いていない。
私は、日本側の歴史認識の言い分を言いたくて、書いているつもりは無い。
また、歴史認識問題で相手国と論争する気もない。
互いに従来の主張を言い張るだけでは、真実は見えてこない。
いかに加害側と言えど、事実に反する罪まで日本側で歴史認識ができる訳は無い。
その部分は、互いの政府参加の正式機関で「相互に検証する必要」がある。
そこで初めて、過去の歴史認識と反省は確定する。
日本を含め、中・韓が政府ベースで歴史認識について、真実の追求をする事から始めないと、平行線のままで、進展はえられない。
日中韓が、互いに国の枠を取り外すくらいの友好国に成る為に、「国民・政府ともに」、真実の歴史を見つめなおす事から始めて欲しいからだ。
反対に、政府が「政権維持のため」に国民の愛国心をあおるような行為は、双方けしてやらないで欲しい。
両国の不幸な歴史が続くだけである。
こう言う事を書くと、かならす「考え方が違う」として、反証も挙げずに自分の感情的持論を肯定しようとする方が居る。
おそらく、挙げんとする反証は、相手が「いかに間違っているか」の歴史証明だろう。
歴史的証明なら、遥か過去に遡る事も、現在に下る事も出来る。
けして、有効な解決策ではない。
およそ人間は勝手なもので、自分達が加えた危害は忘れても受けた被害はいつまでも覚えている。
その記憶を言い立てている限り、歴史認識は平行線を辿る。
過去に抗争の歴史がある部族・民族同士が和解し、恩讐を乗り越えて平和裏に融合するにはこの「性交を伴う誓約策(うけいさく)」しか方法が無い。
「誓約(うけい)」とは、一義的には性交を伴う現実的和解であり、結果的に両部族(両民族)の子孫が融合して新たな部族(民族)を創造する事である。
過去の歴史の恩讐を乗り越えて成立したヨーロッパ大陸のEU共同体は、この「誓約(うけい)精神」の変形で、例えの表現として適切かどうかは判らないが、人間同士の性交ではなく、言うなれば国家単位の乱交状態を意識的に作り出した知恵である。
個の人格を持つ人間のように、国同士が個性を維持しながらも、寝てしまえば(この場合は国境通過の自由や通貨を統一)、意識は「気心の知れた仲間」と言う単位である。
そのEU共同体が、あなたには「人間同士の誓約(うけい)と、良く似ている」とは思えないだろうか?
物の考え方について、人間はそれぞれ、その人なりの「物差し」を持つ。
それは、その人の資質や生い立ちなどで生成される。
その、生まれ育った国の環境にも大きく影響されるからこそ、他国の国民同士で「物差し」に違いがある。
しかしその物差しは、けして唯一絶対ではない。
違う物差しで「計りあっても」答えは一致しない。
したがって各々の物差しを、もう一度確かめてみる必要がある。
人間は、成長の過程で経験したことは、「すりこみ」として記憶する。
今回のデモの中に、日本に留学経験のある方が混じっている。
日本側にしてみれば、「充分日本を知って居ながら」と不思議に思う。
此処にも、日本側の誤解がある。
彼らの言いたい事は、おそらくこれである。
日本に居る在日の方達の事を、考えてみよう。
在日の方には現在でも、「島国根性の日本人の存在」が、言われ無き、差別感、疎外感を与え続けているはずである。
彼らの奥底にあるのは、彼らの育った年月に比例した被害者意識で、当然、日本人の大半を良くは思わないのは、自明の理である。
そう言う経験の無い善意の日本人は、自分の物差しで、ものを考え、「日本に居るくせに日本が判らないのか」と、不思議がる。
まだまだ、戦前戦中の対韓国(朝鮮)を引きずり、理不尽な事をするおかしな愛国者が沢山居る。
留学経験者の大半が、これを体感して帰国する。
だからこそ、「倭の国、同族論」から始め、日本人の認識を変える必要があるのだ。
「人種の色と地の境、我が立つ前に差別なし」が、小生の母校(大学)の校歌である。
よい歌詞である。
今から書く事は、ある種の皮肉と捕らえて欲しい。
私が、「島国鎖国根性」に固執するには他にも訳がある。
それは、日韓併合後の半島運営の仕方である。
明治後期から、昭和前期まで四十年間近くもありながら、両民族の同化にとって、「知恵足らず」に居た事である。
私に言わせれば、自業自得であった。
皮肉にも明治維新後に御用歴史学者を動員して神話解釈から築き上げた「万世一系」の天皇中心の歴史認識がじゃまして、両民族の「精神的統合」が出来なかった事にある。
かりに、歴史学者を動員して「倭の国、同族論」を持ち出し、四十年かけて両民族の統合を謀っていたら、その後はどうなっていただろうか?
最後に付け加える。
今度の混乱では、「倭の国、同族論」をあまりにも「時間が経ちすぎた話し」と指摘される方が居られるが、ユダヤ・イスラエルは、歴史を二千年も遡って現在の地に建国され、中東の火薬庫になっている。
それに引き換へ、同じ二千年が「極東に平和をもたらす話し」であれば、積極的にアピールしても良いでは無いのか、それとも、和解の目を潰す「合理的理由」でも存在すると言うのか?
それこそ、感情、心情においてある意図を感じさせる話しである。
長い時間こそ経ているが、遡れば「倭の国同族論」は信頼性が高い。
◆ 【広域倭の国論】を参照
本来、民族と国境は時代の変遷と伴に変化するものである。
古い時期の列島侵略民族である倭人が、蝦夷族との同化を謀り「天孫降臨伝説」を作り上げた民族の末裔としては、あまりにもお粗末な「島国鎖国根性」の結果である。
私の発想の原点は、活人(かつじん)にある。
活人に相対するのは、殺人である。
つまり考える事の基本に、己の欲望から思考に入る「殺人(さつじん)思考」なのか、相手を思いやる事、「活人(かつじん)思考」から入るのか。
残念ながら、人の発想は殺人(欲望)から入る為、争いになる。
人と人、国と国、この発想の原点が欲望(殺人)にあり、政治家や官僚、企業家がそれで動いている。
それで良い世の中など、やっては来ない。
活人の発想こそ、原点に据えるべき「物差し」である。
私のHPでお付き合いさせて頂いている日本の若い人たちに、しっかりと「問題意識をもつ方」が何人もおられる。
私は彼らに、私独自の考え方を押し付けるつもりは無い。
ただ、安易に大勢に流される事なく、角度や方向を変えてものを見直し、見えて来た「最良で独自の意見」を醸成して欲しい。
竹島(たけしま)、独島(トクド)などの対中・台・韓との領土問題、過去の歴史問題は、互いに活人(かつじん)の発想が必要なのである。
我が国の首相による靖国参拝問題において、近隣諸国の懸念は最もである。
入り口で間違えたものは、最後まで間違いである。
純粋は美しいが「罪」である。純粋ゆえに否定された不純なものも、また、真実だからである。
凡その所、表現の美しさに誤魔化されて、真実を見たがらない者は、本質的に「愚か者」である。
戦地に駆りだされた者の死を「家族を護る為に」などと純粋美化して、「魂が救われる」などと思うのは、生き残った者が納得する為の傲慢な自我である。
彼らは「恨みを残して死んで行った」と思えば全く違う扉が開かれるのだ。
そうした背景を背負って、多くの善良な民が戦場に駆り出されて行った。
彼らが純粋に「肉親を護ろう」と戦ったのか、強制的に戦わされる事を「納得する」為に、自らの死を「家族や国の為」と思い込もうとしたのかは、永遠に不明である。
いずれにしても、本来、格好が良く見えるのは「上面(うわっうら)」だけで、人間の「内面の格好良さ」は、表面には出ない。
しかし、美しく死んで行ったのは名も無く立場の弱い兵士達であり、最高責任者の東條は、生き残って処刑された。
純粋に国を守ろうとした「名も無き戦死者」の英霊を誹謗(ひぼう)する物ではないが、国家は明らかに靖国神社を利用した。
なぜなら、維新前までは、それなりに国家の運営に貢献した歴史的な大人物しかなれなかった神様に、戦死者全てをした。
つまり軍神と言う神様を乱発して、戦争の具としたのは事実である。
それを言うと、亡くなった人が犬死になるから「余りにも可愛そうだ」と、本質ではない感情論を持ち出して、本質への追求を潰してしまう。
現在中東で頻発している自爆テロも、当事者はジハード(聖戦)と呼び、宗教上の教えと、国と家族を守る「美しい行為」としている。
これをお読みのあなたは、自らを犠牲にして神に殉じるこの主張を「異様なもの」と受け止める方が多いと思う。
それでは、靖国神社の問題を考えて欲しい。
国の為に戦った尊い戦争犠牲者を「大切に祭って何が悪い」と言う論調で、事の本質、つまり「権力者の邪(よこしま)な欲望の犠牲者に成った」と言う事を摩り替えていまいか?
皆、自爆テロと戦争犠牲者を「別のもの」と勘違いさせられているようだが、「本質が同じ」と思われるのである。
確かに角度を変えて見れば、国と家族を守る為の立派な犠牲行為であるが、そこばかりを強調して「美談に摩り替える」のはいかがなものであろうか?
ここで問題なのは、戦争犠牲者を「立派な行為」と祭り上げる事が、自爆テロのジハード(聖戦)を奨励する宗教指導者と同じ影響をもたらす事である。
つまり、この手の美談は「権力者に利用され易い」と言う事で、靖国神社は歴史的に元々その為の施設である。
申し添えて置くが、庶民の戦争犠牲者を弔い祭る方法は別に幾らでもある。
それを敢えて靖国神社に祭り、「神に成った」と言う事に「権力者の政治的意図がある」と解釈すると、ジハード(聖戦)と「どれだけの差がある」と言うのであろうか?
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