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(君臣の交わり・殿と稚児小姓の史実を追う)

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◆小説【皇統と鵺の影人】より

***【歴史のミステリー】*********

日本の、秘められた武門の絆・稚児小姓

(君臣の交わり・殿と稚児小姓の史実を追う)

この小説は、【日本史・歴史のミステリーのシリーズリスト】の一つです。

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***【歴史のミステリー】*********

日本の、秘められた武門の絆・稚児小姓

(君臣の交わり・殿と稚児小姓の史実を追う)

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〔予話〕  【氏族社会の稚児小姓(ちごこしょう)
〔1話〕    【稚児(ちご)の歴史
〔2話〕    【織田信長と前田利家
〔3話〕    【豊臣秀吉と石田三成
〔4話〕    【織田信長と掘秀政
〔5話〕    【織田信長と森欄丸
〔6話〕    【徳川家康と井伊直政
〔7話〕    【織田信長と徳川家康
〔8話〕    【上杉謙信と直江兼続

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氏族社会の稚児小姓(ちごこしょう)
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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇予話氏族社会の稚児小姓◆◇◆◇◆◇◆◇◆


一般的な動物には「繁殖期」が在り、その期間しか性交はしない。

ところが人間だけは性交は年中で、繁殖を目的としない「疑似生殖行為=愉しむ性交」が圧倒的ウエートで存在する。

そしてその性交相手が異性とは限らず同性の場合も存在し、同性と性交するのだから口淫性交や肛門性交もリアルに実行される事になる。

つまり、人間社会の現実に於ける性交目的は「愉しむ性交」が大多数なのだ。

「愉しむ性交」が目的なら、マルチSEX(複数性交)やマルチタスクSEX(同時実行性交)、コレクティブセックスプレィ(集団乱交)や露出性交行為、SMプレィ行為が在っても不思議はない。

「疑似生殖行為=愉しむ性交」を「不謹慎な遊び」と否定してしまうのは簡単だが、事実を歪曲してしまう綺麗事が大人の教養とは思えない。

元々性行為は、評すれば全て変態行為で、変態行為が当たり前だから「性行為に於ける変態の範囲」などに線引きはない。

パラダイム(ある時代に支配的な物の考え方)として懐疑的な事でも、まずは過去や隠れた現実を直視する事が大事で、真実がそこにあれば、それが秘めたる普通の事である。

つまり言い換えれば「思考的許容の問題」で、変態と思えば変態だが「普通な行為」と思えばそれも成立する。


そうした中の一つに肛門性交の「衆道(しゅうどう/男色)」がある。

その「衆道(しゅうどう/男色」の一様式として存在したのが、君臣の交わり・武士の主従関係の上で活用された稚児小姓(ちごこしょう)の愛玩である。


人間、肌を合わせれば互いに情が湧く。

主(あるじ)としては、特に意のままに愛でるうら若い少年を同衾して性を訓(おし)え込み、寵愛するのは愉しみな武門の習いである。

この先の物語でご紹介するが、下剋上の世に在って信用が置ける臣下は、性交情愛と言うロイヤリティ(忠誠料)の絆を持つ相手だけだったのかも知れない。

尊い殿様が手ずから自分に性を訓(おし)え込んだのだから、殿様の愛玩を施(ほどこ)された少年は一生の大事な記憶に成り、心情的に臣従する。

そしてその性交情愛に通じた絆が出世を約束されるものならば、出世に生きる氏族にとっては有効な手段だった。

親から息子を主(あるじ)に気に入られ寵愛されるように同衾奉仕する事に因果を(よくよく言い聞かせて)を含められて出仕させられる。

稚児小姓勤めは君臣の交わりとして武門の習いだから、主(あるじ)への同衾奉仕は自ら承知の上と言う少年も沢山居た。

現代の風潮からすれば懐疑的な事でも、戦国のパラダイム(ある時代に支配的な物の考え方)として、稚児小姓は有力な出世の手段だった。

もっとも、娘を殿の妾に押し込むのも「武門の慣(なら)わし」だったから、武士道なんて不格好なものだった。

そうした時代の処世術としての史実を、大人の教養として稚児小姓の事実を歴史として記憶しても良いと思う。


実は、後世に伝えるのも憚(はばか)るこの「衆道(しゅうどう/男色」と言う世俗的な事象が、戦国期の体制に大きく影響している事実を、切り捨てる日本史には無理が在るのだ。

なぜなら、稚児小姓勤めは君臣の交わりが、戦国時代の日本史をけん引していたからである。

歴史に秘められた君臣の交わりの一面を採るならば、日本の戦国史は「閨房(けいぼう/寝間)で創られた」と言っても過言ではない。

その歴史的事実を、これから目立った例を挙げてご紹介して行く。



稚児(ちご)の歴史

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◇◆◇◆◇◆◇一話稚児(ちご)の歴史◇◆◇◆◇◆◇◆


稚児(ちご)の歴史は古く、奈良時代の僧侶に拠って「宗教的な意味合いで男児(少年)と交わった事が最初である」とされている。

稚児(ちご)を寵愛する風習の原点は、古来から伝わる我が国の自然信仰に有る。

「神霊は幼い子供の姿を借りて現れる」と言う自然信仰の下、神が降りる為の仮の肉体として「尸童(よりまし)」または「依憑(よりわら)」と呼ぶ稚児の肉体を「神仏の顕現」と見なす宗教的側面が在った。

少年を「神霊の化身」とし、稚児(ちご)を「尸童(よりまし)または依憑(よりわら)」と言う神が降りる状態にする為の肉体的交わり自体を神聖視する信仰が日本の男色の風習の背後に存在した。

稚児(ちご)は日本仏教や日本神道では穢(けが)れの無い存在とされ、神仏習合修験道(密教)では呪詛巫女(じゅそみこ)と同じ様に呪詛のアイテムであった。

つまり僧侶の間で始まった衆道(しゅどう)は稚児(ちご)と呼ぶ小坊主に御伽(おとぎ)をさせる事で、その根底に在ったのが弘法大師(空海)が中国から持ち帰ったインドヒンズー教に端を発する梵語(ぼんご/サンスクリット語)経典の解釈から始まる呪詛的な意味合いを持っていた。

但し僧侶も人の子で、この「宗教的な意味合い」が、当時女人禁制だった仏門での性欲の捌(は)け口の為にこじつけられた可能性を否定出来ない。

それが平安時代には、公家や僧侶とやがては武士と言った氏族全般に一種のステータスとして稚児小姓の愛玩風習が広がり、鎌倉時代から明治維新まで習慣として残っていた。


古来より東大寺、法隆寺、園城寺、興福寺など近畿を中心とした寺院や貴族の間で法会や節会の後の遊宴で猿楽白拍子・今様、舞楽、風流(ふりゅう)、朗詠などの古代から中世にかけて行われていた各種雑多な芸能が「延年」と言う名で括られて演じられていている。

その「延年」の演目には稚児(ちご)も出るのが特色で、鎌倉時代には「乱遊」とも呼ばれた「延年」にて稚児舞(ちごまい)を舞った少年が、指名されて僧侶と同衾(男色/衆道)する事が行われた。

この辺りを観てしまうと、どこまでが信仰心か疑わしく、むしろ遊興の口実の一環として信仰に結び付けられ「稚児との男色(衆道)の交わりが為されていた」と考えられる。

当時の神道や仏教界の「信仰要素」として、稚児(ちご)は男色(衆道)の交わり相手で当然ながら、「千手丸事件」の千手丸は勝覚僧正の寵愛を得ていた事になる。

つまり稚児との男色(衆道)の交わりは神道や仏教界の「信仰要素」として始まってた。

それは奈良時代平安時代にはかなり広く仏教界に広まった。

さらに公家などの貴族や武士の間にも、美しい少年を傍に召し使わせる風習が広まって行き、特別に寵愛を得た美少年の小姓は、誓約(うけい)臣従の証として閨(ねや)で夜伽(よとぎ)の相手(男色/衆道)もする「稚児小姓」と成った。


院政期の院(法皇・上皇)の近臣達は稚児上がりの者も多く、「院と深い関係を持って居た」と言われ、藤原頼長の「台記」には当時の皇室・朝廷関係者のその奔放な男色関係の多くが描かれている。

近年では祭典の出し物として世俗一般の稚児行列が加わっているが、昔の寺の稚児(ちご)は僧侶の愛玩目的であった。

しかし稚児はその時代のパラダイム(支配的な物の考え方)で在ったから稚児(ちご)の成り手の希望は多く、僧侶は選ぶのに苦労した程だと言う。

これには事情があり、当時の僧侶は時代的に最高の学問を修めたステータスで、庶民の学校が存在しない時代に稚児(ちご)に上がって僧侶に可愛がられ、学ぶ事で将来僧侶に成る早道だった。

また元服前に稚児に上がって寺を去っても、今の卒業証書と同じで「**寺の**僧侶の稚児(ちご)を務めていた」は学が有る証拠で、貴族社会や武家社会に務め口の門が広がり出世の道が開けた。

明治維新後にタブーに成った部分だが、ハッキリ言えば女性の肉体には男根を受け入れる穴が三つあり、男性の肉体にも穴が二つある。

つまり衆道(男色)・稚児小姓は、その二つを使って主(あるじ)と性的な行為をする事である。

現代の思想信条や社会合意を基準にすると、確かに稚児(ちご)との男色(衆道)の交わりは異常(いじょう)な行為である。

ただし当時の衆道は現代のように男性同士に偏った個人的な性癖ではなく、男女両刀使いが一般的で、そして明治維新前の主従関係では、それは上流社会の嗜(たしな)みとして公然と認められていた。

従って日本に於いては平安末期から明治維新までの永い間、肛門性交を否定する環境に無かった訳で、今は口に出すのはタブーだが行為は廃(すた)れずに残っている。

この事でも判る通り性的な倫理観など時代時代で変化する物だから、当時の性的な倫理観を現在に当て嵌(は)めて批判するのは知的で無い。

そうした経緯から世の中に稚児=出世の連想が生まれて、現在の祭典の出し物としての稚児行列となった。

しかし歴史を語る上で、ここで一度「異常」の定義について考えて置きたい。

この「異常(いじょう)」と言う判定は、語彙(ごい)から言えば「常なら無い」と言う事であるが、その基準そのものが問題で、こうした基準は歴史と伴に変遷するものである。

「常」の判断は個人の思想信条からその時代の社会合意に到るまでの条件を勘案して下す判定であるから、今貴方が現代に於いて「異常(いじょう)」と下す判定が、過去の歴史シーンでは必ずしも「異常」ではなかった事を留意しなければならない。

つまり「常」と「異常(いじょう)」の判断は、その時代に起こった事象が当時に於いて常態化してしまえば「異常」と言う判定は存在しなくなる。

そう言う訳で、現在の個人の思想信条や社会合意を基準に過去の歴史的な事象を「信じられない」と否定して葬り去ってはならない。

一所を構える領主の子息ともなると、武人の嗜(たしな)みとして幼少の頃は御伽(おとぎ)と言われる遊び相手、成長すると稚児小姓(ちごこしょう・御伽小姓/おとぎこしょう)と言う年下の世話係りが宛がわれ、自然に嗜(たしな)みとして衆道(しゅどう)も行う様に成り、結果、主と臣下の間に特殊な硬い絆が生まれる。

現在では考えられない稚児小姓(ちごこしょう・御伽小姓/おとぎこしょう)の習慣だが、稚児(ちご)は日本仏教や日本神道では穢(けが)れの無い存在とされ、神仏習合修験道(密教)では呪詛巫女(じゅそみこ)と同じ様に呪詛のアイテムで、氏族(公家や武士)には憚(はばか)る事の無い公(おおやけ)な習慣であった。

稚児小姓(衆道)の習俗については、当時は一般的だったが現代の性規範(倫理観)ではドラマ化し難いから、お陰で誠の主従関係が「互いの信頼」などと言う綺麗事に誤魔化して描くしかない。

しかし現実には、稚児小姓(衆道)の間柄を持つ主従関係は特殊なもので、主の出世に伴い従が明らかにそれと判る「破格の出世」をする事例が数多い。

そしてこの特殊な主従関係が、歴史に大きく影響している事実も見逃せないのだ。


織田信長と前田利家

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◇◆◇◆◇◆◇二話織田信長と前田利家◇◆◇◆◇◆◇◆


若き織田信長に近習(小姓)として仕え、腹心の一人として出世し、加賀百万石(加賀藩百十九万石)の太守に成った前田利家(まえだとしいえ)も、織田信長の男色(衆道)寵愛を受け信長側近から出世した男である。

稚児小姓衆道)の習俗については、当時は一般的だったが現代の性規範(倫理観)ではドラマ化し難いから、お陰で誠の主従関係が「互いの信頼」などと言う綺麗事に誤魔化して描くしかない。

しかし現実には、君臣の交わり・稚児小姓(衆道)の間柄を持つ主従関係は特殊なもので、主の出世に伴い従が明らかにそれと判る「破格の出世」をする事例が数多い。

血統第一だった当時、血統に弱い者が「能力以上の成果を上げたい」と思えば、「縁」に頼るしかない。

女性(にょしょう)には、妻に成るなり妾にあがる成りの誓約(うけい)の「縁」があるが、男性には身内の女性を介しての「間接的な縁」でしかないのでは誓約(うけい)としての「縁」が弱過ぎる。

誓約(うけい)の概念に置いて、絶対服従の具体的な証明は身を任す事である。

そこで室町期から戦国期に掛けて君臣間の誓約(うけい)、衆道(同性愛)が盛んになった。

そう言う意味に於いて、「稚児小姓」として権力者の寵愛を受ける事は、むしろ武士として「潔(いさぎよ)い行為」なのかも知れない。


前田利家は、尾張国海東郡荒子村(愛知県名古屋市中川区)の土豪・荒子前田家の当主である前田利昌(利春とも)の四男として生まれ、幼名を犬千代と言った。

千五百五十一年(天文二十年)に十四歳で織田信長に近習(小姓)として仕え、元服して前田又左衞門利家と名乗った。

この二年前に織田信長が十六歳で濃姫(帰蝶)を娶っているから、利家が織田家に出仕した頃の信長は利家より四歳年上の血気盛んな十八歳になる。

この頃十四歳の前田利家は、信長とは衆道(同性愛)の関係にあり、「武功の宴会で信長自らにその関係を披露された」と加賀藩の資料「亜相公御夜話」に逸話として残されている。

つまり、信長の濃姫(帰蝶)との新婚生活と近習(小姓)・前田利家との衆道(同性愛)関係は同時進行していた事になる。


世間一般の俗説に拠ると、織田信長は「サド的なセックスを好んでいた」と言う。

恐らくは、阿修羅のような信長の、その過激な生き方から想像したものであろうが、否定する材料も無い。

この件では、数名の作家が信長と正室・濃姫(帰蝶)二人の夫婦生活をかなり大胆に激しいエピソードを描いているが、「さもあろう」と考えられる背景が揃っていて、作家なりの見当が付くのだ。

日本民族には、欧米のキリスト教文化と違い昔から「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」と言う姫方・女房方が積極的に殿方を喜ばせる性技があった。

殿方を喜ばせる性技「閨房術(けいぼうじゅつ)」は、姫方・女房方にとって大事な積極的に習得すべき心得だったほど、性に対しておおらかで積極的な考え方を日本民族は持っていた。

と言うのも、実は殿方が姫方・女房方の性技に喜ばされて操られる事は珍しくない為、「閨房術(けいぼうじゅつ)」に平和な武器としての価値が認められていた。

つまり男女の間の性技は大きな要素で、おシャブり(口淫)や腰使いが上手(うま)ければそれだけで天下を脅(おびや)かす存在になれるのだ。

当然ながら勢力を競う氏族(貴族や武士)の子女は誓約(うけい)、の概念の元に所謂(いわゆる)「閨閥(けいばつ/婚姻による家同士の連携)」創りの役割を果たす為に世に生まれて来た様なものだった。

しかしその時代の女性達を、判ったように「不幸な時代の女性」とは決め付けられない。

その時代を気高く生きるには、その時代の女性の生き方がある。

当時の氏族社会は「妾妻」を持つのが当たり前で、実質一夫多妻だったから閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)は現在のように「愛を確かめるもの」と言う拠りも殿方を愉しませ「愛を獲得する為のもの」だった。

原点がその通りだから女性はむしろ性交には積極的で、凡そ人間に考えられる閨房行為に女性には禁じ手など無く、口淫性交や陰間(肛門)を使う事など技の内である。

例えば氏族(武士や貴族)の間では男色習(衆道(しゅうどう/男色)が当たり前で、ほとんどが両刀使いだったから、女性相手でも陰間(肛門)も使っての行為は現在よりも一般的で、武家の娘はその位の事は心得ていた。

そうした時代背景と信長の何事にも挑戦する姿勢などから憶測するに、信長が濃姫(帰蝶)との寝間に利家も呼んで三人プレィに臨んで居ても否定はできない。


「傾(かぶ)く」は、言わば現代の若者にも通じる奔放主義の事である。

若き日の主(あるじ)織田信長が「虚(うつ)け者」として傾(かぶ)いて居た頃で、従う近習・前田利家も「相当に傾(かぶ)いて居た」と言われている。

槍の又左衞門、槍の又左などの異名をもって呼ばれた前田利家は信長近習として萱津の戦いに十五歳で初陣、信長が弟・織田信行(おだのぶゆき/信勝)と家督相続で争そった織田家の権力闘争「稲生の戦い」でも功績を上げ、加増を受けて信長・親衛隊「赤母衣衆」となる。

加増により家臣を召抱えるまでに成った前田利家は、二十一歳の時に身近から嫁(正室)を娶る。

前田利家の正室は篠原一計の娘・まつである。

母が利家の母の姉である為、利家とは母方の従兄妹関係にあたり、母が尾張守護・斯波氏の家臣・高畠直吉と再婚すると、まつは母の縁で利家の父・前田利昌に養育される事になる。

千五百五十八年(永禄元年)、まつは養育先の荒子前田家・利昌の四男・利家に数えの十二歳で嫁ぐ。

この二十一歳の頃に十二歳のまつを娶った前田利家だったが、その翌年に織田家同朋衆の拾阿弥(じゅうあみ)と争いを起こしてこれを斬殺、罪を問われて出仕停止処分を受け、二十四歳までの二年間浪人暮らしをする。

その間に出任停止されていたにも関わらず「桶狭間の戦い(永禄三年)」で信長に断りもなく合戦に参戦して功績を上げたが、信長は帰参を許さず「利家の忠誠心を試した」と言われている。

衆道(男色)関係は戦国期の忠実な主従関係の信頼性を担保する誓約(うけい)の習俗で、支配・被支配の思慕感情を育成する事から、若い頃の前田利家(まえだとしいえ)が罪に問われ城を追われ二年間浪人暮らしをしても、主(あるじ)・信長への思慕交じりの忠誠心は揺らがなかった。

漸く帰参を許された前田利家は、永禄十二年(千五百六十九年)に信長の命により前田氏・長男である兄・利久が継いでいた家督を継ぐ事になる。

前田利家は織田信長の「天下布武」に従い、姉川の戦い長島一向一揆長篠の戦いなどに母呂衆や馬廻り役の本陣親衛隊として参戦しているが、攻め手の役ではなく大きな武功も立てる機会が無かった。

前田利家の正室まつは、羽柴秀吉(豊臣秀吉)の正室おね(ねね/北政所/高台院)とは懇意の間柄であった事は有名である。

利家の方が秀吉より二歳ほど年下だったが、元々前田家の本拠地・尾張国荒子と秀吉の生家・尾張国中村は近接地で地縁者も多く、互いに出世した安土城々下に住んでいた頃は、屋敷の塀を隔てた隣同士に秀吉おね(「ねね」とも言われる)夫妻が住んでいた。

秀吉婦人・おねと利家婦人・まつは毎日のように「どちらかの屋敷で話し込んでいた」と言う間柄だった。

当然亭主同士も懇意になり、この事が後の賤ヶ岳の戦いで兵五千を布陣していた前田利家の突然撤退、羽柴軍勝利を決定づける下地になっていた。

佐久間盛政(さくまもりまさ)と賤ヶ岳の合戦】に飛ぶ。

本能寺の変で信長が家臣の明智光秀により討たれ、清洲会議に於いて羽柴秀吉(豊臣秀吉)と柴田勝家が対立した時、柴田勝家に与力して従った前田利家だったが、旧交があった秀吉との関係にも苦しんだ利家の決断が、後の加賀百万石を産んだ事になる。

夫・前田利家の没後、まつは芳春院を名乗っている。



豊臣秀吉と石田三成

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◇◆◇◆◇◆◇三話豊臣秀吉と石田三成◇◆◇◆◇◆◇◆


豊臣秀吉の小姓から凡(およそ)そ二十万石ほどの大名に立身した石田三成も、秀吉と出会ったのは寺(観音寺)で稚児(ちご)をしながら手習いをしていた十五〜十八歳の頃の事で、秀吉が休息に立ち寄って三成を見出した事に成っている。

後の創作ではあるが、この出会いを題材に世に有名な「三献茶」の秀才・三成らしい「気働き」の挿話が残っている。

しかし、石田三成が「稚児小姓」として秀吉に気に入られ、観音寺の僧侶から譲り受けられたのであれば、休息に立ち寄った寺(観音寺)で稚児(ちご)・三成が秀吉に献じたのは三杯の茶では無い事になる。

つまり休息のおもてなしに僧侶から稚児(ちご)の接待を受け、その相手の小坊主を秀吉が気に入ったと解釈する方が、稚児小坊主・三成のお持ち帰りの理由としては解り易い。

それが「秘め事であるからこそ、学校では教えない歴史。」かも知れないが、その武将が出世した大きな要因であれば、歴史の解明としては多いなる宿命的矛盾である。


秀吉亡き後、石田三成は徳川家康の力の前に斜陽化する豊臣家を立て直そうと遺子・豊臣秀頼を立て決起し、関ヶ原の戦いに至る。

疑問が残るのは秀吉と浅井茶々(あざいちゃちゃ/淀君)との間に出来た二人の子供・捨(鶴松)と拾(秀頼)が「本当に秀吉の子だろうか?」と言う素朴な謎である。

秀吉は、好色・女好きで知られて側室三百名とも言われ、主だった側室だけでも十三名を数える稀代の艶福家である。 長年連れ添った正妻・北政所「おね(ねね)」との間だけでなく、京極竜子(きょうごくりゅうこ・松の丸/京極殿)、や前田利家娘・加賀殿(摩阿)、織田信長の娘・三の丸殿(蒲生氏郷の養女)を始め、数多く居た側室(そばめ)との間にもいっこうに子を為せなかった。

子が為せない事で秀吉には、別勢力である山窩(サンカ・サンガ)の総領家(王家)の出自とされる名家の定めとも言える虚弱精子劣性遺伝を煩(わずら)っていた疑いがある。

なお、この秀吉の場合は男性側の精子に問題があるが、現代では女性の晩婚化による卵子の老化(らんしのろうか)に依る妊娠リスクが社会問題になっている。

秀吉には、若かりし長浜城主時代の側室に「一男一女を授かった」と言う説があるもその子が成人した痕跡は無く、実在も証明されてはいない。

その秀吉が突然とも言える快挙で、茶々(ちゃちゃ)を二度も懐妊させ得たとは到底考えられない。

若い頃から四十六歳に成るまでほとんど子が為せなかった秀吉に、立て続けに子が出来た事には、誰もがいぶか(疑わしく思う)った。

捨(すて/鶴松)と拾(ひろ/秀頼)の本当の父親を大野治長とする説、また石田三成とする説が有力で、片桐且元説も在る。

秀吉本人もその事は承知の上で、それでもなお茶々(ちゃちゃ)の母・市(織田秀子)に憧れていた事や、茶々(ちゃちゃ)の産みし捨(鶴松)と拾(秀頼)が、即ち主家・織田の血を引く事で、世継ぎとして満足していたのかも知れない。

本当は判っているのに、それを認めたがらない事は往々にしてある。

現代に於いては、子が欲しい夫婦に不妊治療に非配偶者間人工授精(AID)と言う夫以外の精液を使用して妊娠する方法がある。

不妊の原因が夫に避けなければならない遺伝子がある場合、夫が無精子症で全く精子がない時やそれに近い条件の時、血液型の不適合、手術・薬剤による射精異常である場合などがAID不妊治療の対象になる。

現代でこそ医療技術が向上して人工授精が施術可能に成った。

だがしかし、昔はそうした事は望むべきも無いから、天からの授かりものとして相手不詳の子種を得るしか方法が無かった。

つまり秀吉も、或いは承知しながら淀君が懐妊した子種が自分の物と想えない事を認めたがらなかったのではないだろうか?

であれば、疑惑の実父には状況証拠から石田三成が浮上して来る。

この物語だからこそ言える事だが、敢えて言えば石田三成が衆道(稚児)で秀吉の愛人なら、子の為せない秀吉が、自らの愛する茶々(淀君)と三成と言う両名の子を「我が子」とする心情も判る気がする。


この捨(鶴松)と拾(秀頼)の父親別人説を豊臣恩顧大名達が百も承知していた。

それに、わずか二十万石の石田三成は豊臣家の小番頭に過ぎず、家康に勝っても味方に恩賞を配れる貫禄は認め難(にく)かった。

為に、本文後半で記述する「関が原の合戦」の折やその後に続く「大阪冬の陣・夏の陣」に多数の恩顧大名が「東軍(家康方)に廻ったのではないか」と言う見方も在る。

慎重な徳川家康が、豊臣家に代わって天下を取る事に自信を深めたのは、秀吉子飼い(恩顧)の大名達の大半が豊臣秀頼の実父に別人説疑惑を持っていたからである。

歴史に秘められた君臣の交わりの一面を採るならば、日本の戦国史は「閨房(けいぼう/寝間)で創られた」と言っても過言ではない。

そう考えて始めて、生き抜く為に合理的で在るべき戦国武将達の行動に、私情が絡む不思議さに納得が行く。



織田信長と掘秀政

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◇◆◇◆◇◆◇四話織田信長と掘秀政<◇◆◇◆◇◆◇◆


戦国時代に活躍した織田信長豊臣秀吉徳川家康の三大巨頭と親子孫ひ孫の四代が関わって三十万石の大々名にまで家運を挙げた堀一族を紹介する。

堀氏興隆の切欠を創った堀秀政(ほりひでまさ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけて織田信長に仕えて大名に出世した人物である。

堀姓については藤原利仁流清和源流宇多源流、大神氏流などの説あるが、美濃堀氏については明確な文献無く不明で、強いて地勢的可能性を挙げれば清和源流が有力である。

秀政(ひでまさ)は千五百五十三年(天文二十二年)、堀秀重(ほりひでしげ)の長男として美濃国で生まれる。

父・堀秀重(ほりひでしげ)は、初め斎藤道三に仕え二千石を領す、次いで織田信長に仕え、近江坂田郡に三千石、他に二千石の合計五千石を与えられた。

秀政(ひでまさ)は、幼い頃は一向宗の僧となっていた伯父・堀掃部太夫の元で従兄弟・奥田直政(後の堀直政)と共に育てられたと言う。

秀政(ひでまさ)は最初、織田信長側近・大津長昌(おおつながまさ)、次いで木下秀吉(豊臣秀吉)に仕え、千五百六十五年(永禄八年)に十三歳の若さで織田信長の小姓・側近として取り立てられた。

少年・秀政(ひでまさ)が小姓に上がった時、信長は十九歳年上の三十二歳と男盛りである。

この当時、若くして小姓に昇り「信長の寵愛を受けた」と言うからには、秀政(ひでまさ)は前田利家森蘭丸と同様に、武門の習いとして稚児小姓として信長の衆道相手を務めた可能性が強い。

伝えられるところに依ると、秀政(ひでまさ)は森蘭丸の前に寵愛された信長お気に入りの稚児小姓だった。

聡明な少年を見い出して寝所に召し、衆道関係を持って身も心も奪った上で集中的に教育を施(ほどこ)して優秀な側近に育てるのだ。

勿論、稚児小姓あがりの側近は信頼関係が強く、出世も別格で早い。

秀政(ひでまさ)は才能を発揮し、三年後には十六歳で将軍・足利義昭の仮住まいの本圀寺の普請奉行を担うなど各種の奉行職を務め、信長側近としての地位を確立する。

数年後、少年から青年に成長した秀政(ひでまさ)は次第に奉行職だけでなく戦場でも活躍するようになる。

越前一向一揆討伐、紀伊雑賀討伐戦、有岡城の戦い、第二次天正伊賀の乱などに指揮官として一隊を率いて戦っている。

千五百八十一年(天正九年)、二十八歳の秀政(ひでまさ)は信長の寵愛を受け、近江国坂田郡に二万五千石を与えられ大名に列した。



織田信長と森欄丸

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◇◆◇◆◇◆◇五話織田信長と森欄丸<◇◆◇◆◇◆◇◆


稚児小姓上がりで最も有名なのは織田信長の側近・森欄丸である。

稚児小姓とは閨(ねや)で夜伽の相手(男色)をした小姓を言い、森欄丸の前は若い頃の前田利家が稚児小姓を務めていた。

つまり、加賀百万石(加賀藩百十九万石)の太守に成った前田利家も、織田信長の男色(衆道)寵愛を受け信長側近から出世している。

また、徳川家康における井伊直政との間柄も有名な話で、徳川譜代大名・井伊家の藩祖・井伊直政は、家康に見出され小姓(児小姓)として男色(衆道)相手として最も深く寵愛され、やがて側近として育てられた子飼いの武将である。


戦国期は、親兄弟息子に到るまで油断がならない。

増してや部下などは、下克上を虎視眈々と伺っているやも知れない。

大方が自分もそうして勢力を拡大して来たから、それが世の習いだった。

それ故この時代、大名は稚児小姓を愛でる習慣があったが、それは、君臣の硬い絆の元に安心できる部下の確保育成を目的とする一面を持っていた。

稚児小姓になる方も、主君の信頼を獲得し出世が保障される所から、世間でもこの関係を、「さして異様なもの」とは扱われていなかった。

もっとも現代では、同性同士はめずらしいだろうが、異性同士なら、実は現代の上司と部下の場合でも「職場不倫」と言う形で存在し、さして珍しいものではない。

けして職場不倫をお薦めしたり肯定する訳ではなく、ただの心理分析であるが、職場不倫には、互いに不安を打ち消す手段として、奇妙な「刹那的(せつなてき)安心心理」が介在している。

職場に於いて、安心して信頼が置ける存在が「在ると無し」では、心理的にとてつもなく違うから、そこで寄り添うような不倫の誘惑は発生する。

つまり、古代から脈々と流れている性交を交えて信頼関係を築く「誓約(うけい)心理」が、変形して具現化されたものである。

腹心の部下を「懐刀(ふところかたな)」と言う。

職場不倫にも、ある種そうした要求が働く。


基本的に「誓約(うけい)心理」が働いて関係が形成されるものであるから、ドロドロの関係になる危険を孕むにも関わらず、発生する不倫には、ただの肉体的快楽目的だけではなく、相応の「安心の合意」に拠る人間的心理が働く。

弱肉強食のコンクリートジャングルの職場社会にあって、上司が本当に気を赦せ信頼できる異性は肉体(性交)を赦す相手である。

部下の方も、上司が愛人なら職場として安心できる環境が整う事になる。

そうした人間心理「誓約(うけい)」は、何千年も変わらない事を意味している。

結局の所、人間の能力のサポートは血統か「縁」である。

血統に弱い者が「能力以上の成果を上げたい」と思えば、「縁」に頼るしかない。

誓約(うけい)の概念に置いて、君臣の絆として絶対服従の具体的な証明は身を任す事である。

そう言う意味において、「稚児小姓」として権力者の寵愛を受ける事は、むしろ武士として「潔(いさぎよ)い行為」なのかも知れない。

この時代、誓約(うけい)の概念における男色(衆道)相手の稚児小姓を寵愛し、最も信頼が置ける側近に育てる事は異常な事ではなかったのである。

森欄丸は、美濃・斉藤家の家臣から織田家の客将、家臣に納まり、近江・坂本城で討ち死にした知将・森可成の三男である。

森欄丸は織田信長の男色寵愛を受け、稚児小姓から岩村城五万石の大名にまで取り立てられ、二世代の織田・家臣団のトップとして本能寺の変の折も最後まで信長の傍近くに居て討ち死にしている。



徳川家康と井伊直政

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◇◆◇◆◇◆◇六話徳川家康と井伊直政◇◆◇◆◇◆◇◆


徳川四天王の一人井伊直政(いいなおまさ)は、今川氏の家臣である井伊谷の国人領主・井伊直親の長男として、遠江国井伊谷(現在の静岡県浜松市北区引佐町井伊谷)で生まれる。

父の井伊直親は、直政の生まれた翌年・千五百六十二年(永禄五年)に謀反の嫌疑を受けて今川氏真に誅殺され井伊氏は井伊谷の所領を失い、まだ幼かった直政も今川氏に命を狙われる事情となる。

一時、生母の再婚相手松下清景の松下姓を名乗るが、千五百七十五年(天正三年)徳川家康に見出され井伊の姓に復し、家康の小姓(児小姓)として男色(衆道)相手の間柄では最も深く寵愛され、家康子飼いの本多忠勝榊原康政と肩を並べるように成る。

稚児小姓(衆道)の習俗については、当時は一般的だったが現代の性規範(倫理観)ではドラマ化し難いから、お陰で誠の主従関係が「互いの信頼」などと言う綺麗事に誤魔化して描くしかない。

しかし現実には、稚児小姓(衆道)の間柄を持つ主従関係は特殊なもので、主の出世に伴い従が明らかにそれと判る「破格の出世」をする事例が数多い。


ここで一応、稚児小姓(衆道)の習俗が君臣の信頼関係として機能していた謎を解いて置く。

実はこの性行為を伴なう男同士の君臣の交わりが機能する事には、脳科学的に立派に説明が着く。

男性の脳が、高凝集性を処理するシングルタスク(一途なシステム)に適していて、つまり君臣の関係に対して一途だからである。

男と女の違いが、脳の実際の作りとして男女で大きな差がある事が、大阪大学大学院生命機能研究科のVerma博士のMRI装置を使った実験によって明らかにされた。

その結果、女性の脳はハードウェア的にマルチタスク(切り替えて実行できるシステム)となっている。

つまり現状に即応するマルチタスク能力(切り替えて実行できる能力システム)は、女性の脳の方が遥かに保有している。

だから女性は、恋愛心に対する切り替えや生活姿勢の切り替えが早く、こうと決めたら前の事柄を引きずらない。

この事が、終った恋に未練たらしい男性と新しく切り替えたい女性のギャップと成って、ストーカー事件の要因となっている。

勿論環境に対する適応力などは、女性の方が男性よりクレバー(賢い)にフレキシブル(柔軟性)で、解釈の自由性を持ち合わせている。

逆に男性の脳は単独の複雑なタスク(高凝集性)を処理するシングルタスク(一途なシステム)に適している事が判明していて、悪く言えば恋愛にも未練がましい。

しかし、この「未練がましい」は、「君臣間での誠実性に作用していた」と理解できるのでらる。



井伊直政(いいなおまさ)は、本多忠勝と同じく本能寺の変に於いて家康の伊賀越えにも従って居た側近中の側近の一人で、将に成っても軍の指揮を取るよりも戦闘に加わる激しい性格の為、戦の都度大きな戦功を立てている。

井伊軍団の軍装・井伊の赤備えは有名で、直政(なおまさ)本人も「井伊の赤鬼」と恐れられた。

関ヶ原の合戦に東軍(徳川方)が勝利した後、石田三成の旧領である近江国・佐和山(滋賀県彦根市)十八万石を与えられたが、その後彦根の地に本拠地を移して彦根藩とする。

この井伊直正の子孫に、江戸幕府幕末の悲劇の大老・井伊直弼(いいなおすけ/近江彦根藩の第十三代藩主)が居て、徹底した反幕府思想勢力の弾圧を行い尊王志士達から憎まれ、ご存知「桜田門外の変」で尊王志士のテロに合い、命を落としている。

江戸時代に井伊家は、譜代大々名の筆頭として江戸幕府を支えた近江国・彦根藩の藩祖と成り、井伊家は明治維新まで存続している。




織田信長と徳川家康

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◇◆◇◆◇◆◇七話織田信長と徳川家康◇◆◇◆◇◆◇◆


清洲同盟は、織田信長徳川家康が結んだ同盟である。

この清洲同盟の立会人を務めたのが、当時はまだ織田家の重臣として行政官の能力を発揮していた林秀貞(はやしひでさだ)である。

その同盟が、戦国時代に珍しく永く裏切られなかったばかりでなく、酷く固い絆に結ばれていた。

その発端は、当時駿河と遠近江に巨大な勢力を擁した今川義元へ人質に松平元康(竹千代/後の徳川家康)が送られた事である。

ところが、人質として送られる松平竹千代(後の徳川家康)を今川領・駿河国までの護衛を命じられていた戸田康光(とだやすみつ)が裏切って尾張の織田氏に寝返り、松平竹千代を尾張に連れて行った。

この寝返りで、松平竹千代(元康/後の徳川家康)が人質として織田家にやって来た事から信長との縁が始まった。

やがて松平元康(竹千代)は、織田信広との人質交換によって今川家の人質になるのだが、実は同時進行で織田家の手元で育った別の松平元康(影・竹千代)が存在した。

そんな話、「とんでもない奇想天外な説だ」と思うかも知れないが、固定観念に囚われないで感性を働かせて欲しい。

有りそうな謀(はかりごと)では誰でも直ぐに見当が着き、謀(はかりごと)とは言えない。

謀(はかりごと)は、「まさか?」と言うもので無ければ成功しないのである。

織田と今川に挟まれた弱小大名の松平家にとって、「竹千代が二人居た事」は、幸いだったのかも知れない。

千五百六十年(永禄三年)、桶狭間の決戦が起き、今川義元が信長に敗れて、三河が今川家から解放されて松平元康が国入りするのだが、この時の元康が別人と入れ替わった。

この松平元康の別人説が本当なら、築山殿との不仲別居、信長との同盟関係維持の為に長男・松平信康を殺害など「口に出しては言えない」身内の葛藤があっても不思議は無い。

幾ら一卵性双生児とは言え、我輩の推論通りに松平竹千代双子説であれば正室の築山殿を「寝屋」で騙す事は出来ない相談である。

この松平元康と築山殿の不仲別居の理由が、夫が今川家から寝返った事なら許容の範囲だが、夫が別人に成っていたのなら幾ら戦国の妻でも、そのまま夫婦を続けるには余りにも許容の範囲を超えて居たのだ。

入れ替わった元康に本当の子供が出来たのが、千五百六十二年(永禄五年)の清洲同盟以後と考えると、側室・於万の方の胎になる結城秀康の次の三男・徳川秀忠からであれば、信長の命による殺害説よりも、近年言われ始めた家康と信康の対立説の方が遥かに説明が着くのではないのだろうか?

世論が性善説を好む所から、家康が妻子を殺したのは「信長に忠誠心を疑われて泣く泣くてを下した」と言う、「お涙頂だい」のストーリーを後の人々が生み出したが、どうやら希望的憶測から産まれた事になりそうである。

そして元康(家康)が、歴史の場面場面で遭遇した数々の誘惑にも負けず、一貫して信長との臣下に近い同盟関係を堅持した理由が、この双子元康(家康)入れ替わり説に拠る織田信長への「恩義」なら大いに説得力があるのだ。


さらにもうひとつ、家康には清洲同盟を堅固なものにした信長を慕う幼い頃からの思いがある。

つまり影・竹千代が織田家の庇護のもと成長して信長の思惑通りに松平家を継ぎ、頼れる同盟関係を成立させたのである。

朝廷から三河国主と認められ三河守・徳川家康を名乗って二年、千五百六十八年(永禄十一年)には今川領の遠近江国(静岡県西部)を狙って、今川氏真を駿府から追放した武田信玄と手を結び今川家滅亡を目指す。

同年末からは、今川領であった遠江国に侵攻し、曳馬城を攻め落とす。

遠江で越年したまま軍を退かずに、駿府から逃れて来た今川氏真を匿う掛川城を包囲して攻め立てる。

籠城戦の末に開城勧告を呼びかけて氏真を降し、遠江の大半を攻め獲った徳川家康は、三河・遠江二ヵ国の国主となって千五百七十年(元亀元年)、本城を岡崎から遠江国の曳馬城に移し、その地に改めて浜松城を築いた。

同じ年(永禄十一年)盟友の織田信長が松永久秀らによって暗殺された室町幕府十三代将軍・足利義輝の弟・足利義昭を奉じて上洛する。

この信長上洛に際して、家康は上洛軍に援軍を派遣するとともに、三河・遠江に在って後方の抑えを任じ、周囲の反信長勢力を浅井長政とともにけん制している。

さて下克上、天下取りの乱世で、本来なら二ヵ国の太守に成った徳川家康が、この辺りから次の一段高い欲を出しても不思議がない。

現に足利義昭は、天下の実権をめぐって信長との間に対立を深め、反信長包囲網を形成し、家康にも副将軍への就任要請を餌にして協力を求めて来る。

ところが、家康はこうした誘惑を黙殺し、朝倉義景浅井長政の連合軍との姉川の戦いに参戦して信長を助けている。

徳川家康が「清洲同盟」に心情的思いを抱いてこれだけ織田信長を信頼し慕っていた理由はいったい何んだったのだろうか?

織田信長の才能に心服していた事もあろうが、今ひとつ両者の間に心情的な深い繋がりがあったのではないだろうか?

そう考えると、在る事が浮かんで来る。

井伊直正は、千五百七十五年(天正三年)徳川家康に見出され井伊の姓に復し、家康の小姓(稚児小姓)として閨で夜伽の相手をする男色(衆道)として最も深く寵愛され、家康子飼いの本多忠勝榊原康政と肩を並べるように成る。


この徳川家康の男色(衆道)は、何時(いつ)どこで覚えたのだろうか?

或いはこの事が、徳川家康が同盟相手として最後まで織田信長について行った理由のひとつかも知れない。

稚児小姓(衆道)の習俗については、当時は一般的だったが現代の性規範(倫理観)ではドラマ化し難いから、お陰で誠の主従関係が「互いの信頼」などと言う綺麗事に誤魔化して描くしかない。

しかし現実には、稚児小姓(衆道)の間柄を持つ主従関係は特殊なもので、主の出世に伴い従が明らかにそれと判る「破格の出世」をする事例が数多い。

氏族の支配者の心得として、男色(衆道)は一般的だった。

織田信長が濃姫(帰蝶)と婚姻したのは千五百四十九年(天文十八年)二月と言われている。

信長は十六歳、濃姫は十五歳で、当時人質として尾張織田家に居た竹千代(後の家康)は八歳だった。

前田利家森欄丸と相手がいた織田信長にとって、人質としてやって来た八歳年下になる松平竹千代を「深く可愛がっている」となれば、ただの年下の弟分で「済まされた」とは思えない。

稚児小姓のお召しは数えの十歳前後だから、幼少期の竹千代(徳川家康)が織田信長から衆道の手解(てほどき)をされていても不思議は無い。

元々武門に於ける稚児小姓相手の男色には、主人への特別な忠誠心を育成する意味合いが在り、満更、唯の性的嗜好ばかりと言う訳ではない。

どうやらこの徳川家康の信長への忠誠心を推し量るに、平手氏源氏流新田氏系・世良田流「得川(徳川)家」を継いだ松平竹千代の影の方は、今川氏の人質と成った松平竹千代の正の方とは双子の別人で、そのまま平手氏の養子として信長の「衆道相手を務めていたのでないか」と疑えるのである。

家康別人説については、この双子説以外に影武者説なども在るが、血統が繋がらないまったくの他人であれば一度は父・松平広忠(まつだいらひろただ)に離縁された家康生母・於大の方(おだいのかた・水野太方/みずのたいほう)の実家・水野氏を家康が重用する筈が無い。

つまり影武者入れ替わり説では、水野氏重用の説明が着かないのだ。

水野氏については、桶狭間の戦い今川義元織田信長に討たれると徳川家康・生母の実家として嫡男・水野信元(於大の方の兄弟)は家康の今川家からの独立を支援し、信長と家康の同盟(清洲同盟)を仲介するなど身内らしい動きをして居る。

豊臣秀吉の死後家督を継いだ水野信元の嫡男・水野勝成と四男・水野忠清は共に家康に仕え、勝成は備後福山藩・下総結城藩水野家の祖となり、忠清は駿河沼津藩水野家および上総鶴牧藩水野家の祖となり、徳川政権の幕閣に要職を得ている。

また水野忠政四男・水野忠守(水野信元の兄弟)は出羽山形藩水野家の祖であり、さらに水野忠政の八男・水野忠分の子・水野分長と水野重央は、それぞれ安中藩水野家と紀伊新宮藩水野家の祖である。



上杉謙信と直江兼続

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◇◆◇◆◇◆◇八話上杉謙信と直江兼続◇◆◇◆◇◆◇◆


上杉家の天才武将官僚として今直(いまなお)語り草にされている直江兼続(なおえかねつぐ)は若かりし頃、「不敗名将・仁(じん)の人」と謳われた上杉謙信(うえすぎけんしん/長尾輝虎)稚児小姓(衆道)として育てられた。

直江兼続(なおえかねつぐ)は、言わば上杉謙信(うえすぎけんしん)流武将学の継承者である。

つまり武門に於ける稚児小姓(衆道)の習俗は、大名家の次世代を背負う優良家臣教育としての「伝承手段だった」と言える。


越後国守護代・長尾氏の家督を、兄・晴景の養子となって継いだ長尾輝虎(ながおかげとら)は、主君・上杉定実(うえすぎさだざね)の正妻の甥にあたる。

その後、関東管領・上杉憲政から足利宗家の外戚・上杉氏(うえすぎうじ)の家督を譲られ、上杉政虎(うえすぎまさとら)と名を変えて上杉氏が世襲する関東管領(関東十ヶ国管轄)職に任命される。

その上杉政虎(うえすぎまさとら)が、最終的には上杉(輝虎)謙信と名乗っているが、謙信は法号である。

長尾氏は元々桓武平氏流であるが、藤原北家・勧修寺流・上杉氏の家督を継いだからには上杉(輝虎)謙信は藤原北家の系流と言う事に成る。


直江兼続(なおえかねつぐ)の出自については諸説あり、資料的な確証はない。

千五百六十年(永禄三年)、兼続(かねつぐ)は上田長尾家重臣・樋口家の長男として生誕する。

父は上田長尾家々臣・樋口兼豊(ひぐちかねとよ)と伝えられる。

樋口兼続(ひぐちかねつぐ)は、上杉輝虎(謙信)の養子となった政景の子・顕景(後の上杉景勝)に従って春日山城に入り、景勝の稚児小姓(衆道)・近習として近侍する。

千五百八十一年(天正九年)、兼続(かねつぐ)二十一歳の時に、主君・景勝の側近である直江信綱と山崎秀仙が、毛利秀広に殺害される事件が起きる。

兼続(かねつぐ)は主君・景勝の命により、直江景綱の娘で信綱の妻であった船(せん/おせんのかた)の婿養子(船には再婚)となり、跡取りのない直江家を継いで越後与板城主となる。

この婿養子の経緯で、兼続(かねつぐ)は直江兼続(なおえかねつぐ)を名乗る事に成った。

主君・景勝の信頼厚い直江兼続(なおえかねつぐ)は、上杉家の運営を主君・景勝の信頼厚い直江兼続(なおえかねつぐ)は、上杉家の運営を執政として任されるまでに出世を果たした。






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日本人の祖先は何処から来たのか?
鬼伝説に隠された先住民(蝦夷族/エミシ族)
ネイティブジャパニーズ・日本列島固有の原住民族
世界文化遺産・富士山名称の謂(いわ)れ
天照大神天の岩戸伝説は只の神話か?
天孫降(光)臨伝説と木花咲耶姫(このはなさくやひめ)
山幸彦・海幸彦(やまさちひこ・うみさちひこ)と浦島・竜宮伝説
因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)伝説と大国主(おおくにぬし)
仮説・宇佐岐(うさぎ)氏=須佐王(スサノウ)説
神武東遷物語・神話顛末記最新版
「日本の天皇家の祖先は朝鮮半島から来た」を検証する
大和民族(ヤマト民族/日本人)の成立過程
広域倭の国論(定説・日本倭国論の疑惑)
欠史八代(けっしはちだい)と香殖稲(かえしね/根を反す)
古代国家・邪馬台国卑弥呼は何者か?
葛城ミステリー伊豆の国=伊都国(いとこく)説
日本語のルーツと安倍氏
大和(やまと)のまほろば(マホロバ)
天狗修験道犬神人身御供伝説
日本の伝説リスト
秋田美人ナニャドヤラ
名字のルーツ氏姓(うじかばね)の歴史
人が創りし神と仏の間に
政府の犬(官憲)表現は由緒正しい
日本史・歴史のミステリー
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夫婦睦の木(めおとむつみのき)
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舛添東京都知事と沖縄米軍軍属の蛮行・・最新版
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【◆】福島第一原発の危機は去ったのか?
【◆】大飯原発再開はおおいなる矛盾
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【◆】巨大地震と浜岡原発インディアン嘘つかない・・・偽(いつわ)り
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【◆】未曾有の大震災・日本政府は「今、何を為すべきか?」
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アンカリング効果と一貫性行動理論

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宿命的矛盾(しゅくめいてきむじゅん)の考察最新版
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バブル崩壊とその後の不況
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【*】短編人生小説 (4)

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裁判員制度シュミレーション

凌 虐 の 裁 き

(りょうぎゃくのさばき)


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ショート・ストーリーです。よろしかったら、お読みください。


【*】短編人生小説 (3)

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短編小説(1)

「黄昏の日常」

我にしてこの妻あり


未来狂 冗談 作

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ショート・ストーリーです。よろしかったら、お読みください。

【*】女性向短編小説 (1)

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短編小説(1)

「アイドルを探せ」

青い頃…秋から冬へ


未来狂 冗談 作

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ショート・ストーリーです。よろしかったら、お読みください。

【*】社会派短編小説(2)

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社会派短編小説(2)

「生き様の詩(うた)」

楢山が見える


未来狂 冗談 作

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ショート・ストーリーです。よろしかったら、お読みください。

◆HP上 非公式プロモート・ウエブサイト公開作品紹介◆

【小説・現代インターネット奇談 第一弾】


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「小説・現代インターネット奇談」
【電脳妖姫伝記】

【*】和やかな陵辱


(なごやかなりょうじょく)


未来狂 冗談 作

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【小説・現代インターネット奇談 第二弾】

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戦 後 大 戦 伝 記

夢と現の狭間に有りて

(ゆめとうつつのはざまにありて) 完 全 版◆


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「あえて、暴論」

ジョウダンの発想

◆冗談 日本に提言する◆

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冗談 日本に提言する・・・(来るべき未来に)

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ぜひぜひ読んで、感想をお聞かせ下さい。
異論・反論も大歓迎!!

====(日本史異聞シリーズ)第六作====
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「小説・怒りの空想平成維新」

◆たったひとりのクーデター◆

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非日常は刺激的

 愛の形ちは、プラトニックにいやらしく

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とくに男女の恋愛に関しては・・・
ちょっとHでせつない、現代のプラトニックラブストーリー。

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◆{短編集 仮面の裏側・外伝}・・・・・・・・(現代)

◆ウエブサイト◆「仮面の裏側外伝」

====(日本史異聞シリーズ)第一作====
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東九州連続怪死事件・事件は時空を超えて

◆八月のスサノウ伝説◆

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八月のスサノウ伝説・・・・・・・・・(神話時代)

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そして現代に甦るスサノウの命、
時空を超えたメッセージとは・・・

====(日本史異聞シリーズ)第五作====
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「権力の落とし穴」

本能寺の変の謎・明智光秀はかく戦えり

◆侮り(あなどり)◆

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侮り(あなどり)・・・・・・・(戦国〜江戸時代)

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だが自らを神と言い放つ信長は
「侮り」の中で光秀を失ってしまっていた・・・

====(日本史異聞シリーズ)第四作====
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南北朝秘話・切なからず、や、思春期

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====(日本史異聞シリーズ)第三作====
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鎌倉伝説

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歴史上他に類を見ない「鬼嫁」が存在した。
その目的は、権力奪取である。

====(日本史異聞シリーズ)第二作====
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うその中の真実・飛鳥時代へのなぞ

◆倭(わ)の国は遥かなり◆

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倭の国は遥かなり ・・・・・・・・・・・(飛鳥時代)

◇◆◇メルマガ・サンプル版◇◆◇ 韓流ブームの原点がここに・・
今、解き明かされる「二千年前の遥か昔」、
呼び起こされる同胞の血

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【この作品群は著述業未来狂冗談(ミラクルジョウダン)の著作品です。】

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実在の人物を描いた物では無い事をお断り申し上げます。

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この文章は修了です。
















































貴方は、冗談(ジョーク)を深く考えた事があるだろうか?
冗談(ジョーク)には「軽口」とは違う、もっと重く深い意味が密かに潜んで居る事も多いのである。
【作者プロフィール】●未来狂 冗談(ミラクル ジョウダン)本名・鈴 木 峰 晴
昭和二十三年、静岡市に生まれる。
県立静岡商業高等学校卒業、私立拓殖大学商学部貿易学科を卒業した後、実社会に船出。
従業員二十名足らず小企業に就職、その企業が三百名を超える地方中堅企業に育つ過程に身を置き、最終、常務取締役で退任。
その後、零細企業を起こし、現在に至る。
現在他家に嫁いだ娘二人に外孫三人、同居の愛妻が一人居るが、妾や愛人は居ない。

性別・男性 /生年・1948年/住所・静岡県東部在住
【メッセージ 】
ネット作家として文学・歴史・政治・宗教・教育・科学・性・脳などを研究し小説やエッセ、そしてブログでコラムなど書いています。
☆ペンネーム未来狂冗談(Miracljoudan)の由来は、「悪い未来に成った事は冗談ではな無い」と思う気持ちからで、けして「冗談に付けたのではない」つもりです。念のため・・・。
また、「冗談」とかざしたペンネームの真意は、作品により政治や信仰・占術、歴史に対する批評及び性描写に、タブーを恐れない過激な表現を用いる事がある為、利害関係者との余分な論争を避ける為です。




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作者本名鈴木峰晴