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【国家の品格・武士道の国日本のまやかし】

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武士道の国日本

◆◇◆◇◆◇◆国家の品格武士道の国日本のまやかし◆◇◆◇◆◇◆

近頃「日本は武士道の国だ」とやたらに強調する連中が居るが、それは本当だろうか?

武士道は日本人の感性としての精神世界の産物であり、実生活の理性に於いてはほとんど現実的ではない。

日本人の「武士道の精神」は、「理性」で言えば「虚言妄想の類」である。

こんな「虚言妄想」を主張して良い気に成って居る人物の知性は「どうかな」と想うが、こればっかりは「感性」に重きを置いた想いであるから余り強い指摘はできない。

日本史には、所謂(いわゆる)右脳域の「虚」と左脳域の「実」が混在し、「虚」は精神世界のもので「実」は必ずしも精神世界と合致する物ではない。

「実(じつ/理性)」の現象で考えたら在り得ない「不思議な現象が起こった」とされる事が「虚(きょ/感性)」の現象で、それらの目的は特定の人物のカリスマ(超人)性を創造する事である。

その「虚(きょ/感性)」の現象が語り継がれると「神話や信仰の世界」なのだが、そう言う意味では、日本人の武士道精神も広い意味で「虚(きょ/感性)の範疇に在る」と言える。

つまり憂うべきは、日本史の一般常識(じょうしき)とされる中に、「虚(きょ/感性)」の歴史が当たり前の様に混在し、入試試験やクイズ番組等で「正解」とされている事である。

現代の風潮からすれば懐疑的な事でも、戦国のパラダイム(ある時代に支配的な物の考え方)として、稚児小姓は有力な出世の手段だった。

もっとも、娘を殿の妾に押し込むのも「武門の慣(なら)わし」だったから、武士道なんて不格好なものだった。

そうした時代の処世術としての史実を、大人の教養として稚児小姓の事実を歴史として記憶しても良いと思う。


正直、侍魂(さむらいたましい/武士道精神)は、維新後の明治政府が国民男子の皆兵政策を目的に喧伝した「虚」がそのまま残って今日が在る。

勿論、右脳域の感性に於いて「武士道の精神」は理解できない訳では無いが、左脳域の理性に於いては、武士道精神は凡(おおよ)そ現実的ではない幻想の世界である。

つまり個人的に、信心もどきに右脳域の「虚」である侍魂(さむらいたましい/武士道精神)を信じたいのならそれも可であるが、それを左脳域の「実」部分として「日本人の魂」と史実がごときに扱うのは如何なものだろうか?

「武士道を格好が良い」と想っている方と「戦艦大和が格好が良い」と想っている方が共通しているのは、表面的な格好良さだけを見ている事である。

武士道精神には建前の格好良さとは違う本音が存在し、戦艦大和にはその見かけの美しさにはそぐわない哀しい歴史が存在し、「戦艦大和症候群」なる言葉まで残った。

正直、武士道とやらの清廉な精神の持ち主が武士ならば、賂(まいない/賄賂)など在る訳も無く、本気で武士道精神を忠実に守っていれば命など幾つ在っても足りない。

リアルタイムの武士で在っても、武士道精神の大概の所は使い分けの「虚飾の方便」で、忠実に守っている者は少なかった。

その、現実にはほとんど実行されていない武士道精神のプライドなど只の虚飾に過ぎず、それを未だに言い立てている連中は「無を有」と言いたがるのだから、いかがわしい限りである。

まぁ、武士道の精神を言い立てている連中は、押し並べて実在しない「聖徳太子の存在」や「仁徳天皇(にんとくてんのう)の逸話の信ぴょう性」をも強行に主張する言わば理性よりも感性で生きている方々である。


最近使われ始めたジュピターコンプレックス(被支配の願望)武士道精神への傾倒心理とリンクしている。

そう言う被支配記憶因子を受け継ぐ人間は、何事も「偉い人がやってくれる」や「神仏が何とかしてくれる」と他所頼みで、一生他人に使われる平凡で野心が無い人生を望む筈である。

武士道を利用しに掛かっている人間はともかく、本気で武士道の精神などに傾倒している人間は、このジュピターコンプレックス(被支配の願望)の持ち主に違いない。

時たま「信仰は然(さ)して信じないが、武士道の精神は信じたい」と言う方が居られるが、信仰も武士道も観念的なもので、本質的には「誰かが仕掛けた思想」と言う点で違いが無い事に気付かないのである。


日本人は自己責任を真っ先に考える風潮がある。

この根底にあるのが「武士道精神」で、つまりは責任の自己完結=切腹の精神の建前である。


虐(いじ)め自殺事件で判る通り、教師も教育委員会も警察も彼らは一般人の範となるべき立場に在りながら公務としての仕事をしないで、事件が大きく成ると慌てて責任逃れをする。

元々彼らは「事なかれ主義」で、虐(いじ)め問題など取り上げれば苦労するだけの余分な仕事を抱えたくは無い。

そして「事なかれ主義」の根底に在るのが「評価制度」で、校長や教育委員会は問題の解決を教師に委ねられている。

本来なら何も問題が無い方が怪しいのだが、教育現場で問題が発生すると「現場教師の評価」が落ちる仕組みに成って居て、出世や給料に響くでは、「事なかれ主義」に成らざるを得ない。

これは日本の「武士道神話の悪風」が影響している事で、「一度の失敗」でもそれを個人の段階で責任を取らされる「自己完結=切腹思想」が在るから、頑として認める事無く隠蔽工作に走る。

つまり「武士道神話の悪風」は、昔から現場に責任を押し付ける保身役人の良い口実だった。

まずそうした責任の増大を回避する為に仕事を増やさない事が自治体職員・教師・警察官など現場公務員の本音で、警察が「ストーカー被害」や「虐め事件」などを中々事件として認定したがらない遠因でもある。

だからその事件発生時点の心理では、自分に災(わざわ)いが降り掛から無い事のみを願い、己の保身が第一で虐(いじ)め被害者や親族の気持ちなど知った事では無い。

彼らの本音で言えば、事件にすると仕事が増えて責任も追及されるから「虐(いじ)め自殺事件」などは事を荒立てないで「無かったもの」として遣り過ごしたいのだ。


日本的武士道の感性では一度失敗したら切腹物で、事業家が事業を潰したら二度と浮かび上がれないから、事業も、もはや手遅れ状態でも最後まで踏ん張って、手の施しようが無い酷い状態にまで引きずってしまう。

しかしその責任の自己完結=切腹の精神は、裏を返せばジョージ・ワシントンの桜木の逸話・「正直」とは正反対の、実は中々責任を認めない卑怯者を増産する事に繋がっている。

役人も、そして裁判官・検事・警察官も一緒で、「失敗は腹切り物」の風潮が世間で強いから、一度方針を決めると間違いは絶対に認めない。

つまり間違いの責任を認めた時点で世論の建前は再起不能が相場だから、一般的に不都合が生じると誤魔化したり隠したりを先にして情況を悪化させる。

そこで結論を先送りする事で責任の所在をうやむやにし、同時に戦艦大和症候群なる病を多発させている。

武士道精神」と言う今時流行(いまどきはよら)ない男の美学など覚悟の無い者には只の妄想で、実状は「早期に対処すべき事柄を先送りする」と言う弊害の方が遥かに多いのである。

この「武士道精神(責任の自己完結=切腹)」を前提にすると、急な結論を出したい時にこそ間違いに慎重に成って結論が出せない会議を延々とし、前例の無い事には誰も責任を引き受けない。

面白い事に、建前が潔(いさぎよ)さを求めるほど本音の部分でそう簡単にお仕舞いは嫌だから、益々潔(いさぎよ)い者は減って行く事になる。

日本の恥じの文化は、当初は「生き方や行動に恥じない事」と解されていたが、武士道精神の「責任の取り方」から失敗は致命傷になる為、現実は「恥に蓋をする文化」になってしまった。

これら全ては、美徳とされる武士道の国の「建前」の弊害そのものである。


武士が「潔(いさぎよ)い」などと言うのは綺麗事で、ご承知のように歴史の真実には綺麗事ばかりが在る訳ではない。

武士道の始まり始まりについて、「武士道が自覚されたのは封建制の時代で、封建制の始まりと武士道の始まりは一致する」と言う考え方がある。

元々「封建」の語は中国・周代の国家体制を指すもので、日本での「封建制」の語は、土地を媒介とした国王・領主・家臣の間の緩やかな主従関係に拠る支配形態を指す。

鎌倉幕府室町幕府を含めて封建制の時代とされる方も居られるが、江戸期の幕藩体制以前の二幕府に厳密な支配地争いに対する中央の統制能力は無かった。

歴史的に観て、江戸期以前の武士は今日に考えられる精神思想などとは全く違う「武を持って支配地を広げるだけの争いの組織」だった。

武士の社会は、支配地の拡大を求めて主従関係の「合従連衡(がっしょうれんこう/結びついたり離れたりする)」や「下克上(げこくじょう/上下関係の身分秩序を侵す)」の世界だった。

つまり鎌倉幕府、室町幕府は、地方の支配地争いの結果を実行支配として認証する機関的な役割に過ぎない時期が多かった。


歴史的に観て、封建制とは近世の幕藩体制(江戸幕府)を指して用いられた歴史用語で、武士の思想が「道」と言う極みにまで達したのは、江戸期に入ってからである。

平安中期から江戸期開幕に到るまで、氏族武士の本質は領地利権の為に親兄弟でも戦で争う人種で、主君に対する下克上(げこくじょう)も当たり前だった。

そこに在った武士道は「強い者が勝つ」で、「主君に滅私奉公する」何て事は江戸期に入ってからの「幕府の統治政策」と永く続き在った「戦乱の反省」とが為した合意に過ぎない。

まぁ今の政治劇も一緒だが、勝ち馬に乗りたい連中の駆け引きは今も昔も変わらない。

だから大戦(おおいくさ)と成る程、敵味方どちら付かずでギリギリまで決められない武将は幾らでも居た。

哲学など反面的な学びを採る事も多いから、現実の武士道の反面を殊更綺麗事に摩り替えて「精神」などと言う理想的幻想を生み出したに過ぎない。

正々堂々と卑怯な振る舞いをしない「日本人の武士道精神」など、絵空事に過ぎ無い事は歴史上も現在の政治家や官僚の様を見ても明らかである。

敢えて武士道の精神で生きる高尚な人間が居るとすれば、権力闘争には向かない人物であるから出世はしない。

そしてもし、武士道の精神を振りかざしながら出世する者が居るとしたら、それは大嘘つき以外の何者でもない。


我輩の解釈では、武士道の真髄は「自らを律し、時に責任に対して潔(いさぎよ)い事だ」と解釈しているがそれは権力者が下位の者に要求する幻想的な綺麗事であり、つい最近の政治家を含め過去の歴史上で権力者が自ら潔(いさぎよ)かった事など過って全く思い当たらない。

貴方は武士道の国らしく潔(いさぎよ)かった人物を、この二千年を越える歴史の上で何人知っているのか?

詰まり我輩に言わせれば、「武士道とは、権力者に踊らされる事と見つけたり」と言う事である。

例えば、教育に「武士道精神」を利用しようと言う安易な動きがあるが、武士道の精神は裏面に「個人を律せよ」と言う「自己責任」の残酷性が顕著で、これが日本国民の老人福祉行政に対する理解度のネックに成っている。

元々武士道精神は理想的幻想であり、「御都合主義の建前」に過ぎ無いのだが、この国の自殺者は千九百九十七年から十二年連続で三万人越え、二千九年の厚生労働省統計で約三万三千人、中高年だけでその四十一パーセントを占めている。

これは「自己責任」と言う武士道精神に、再起の希望を絶たれたからである。

武士道の潔ぎ良さは「決め事」に対する潔ぎ良さで、最大の弊害に成っているのが「戦艦大和症候群」である。

間違いを認める事は「恥ずべき事」であり、つまり一度決めた事には例え不都合が生じようとも強情を張り通して潔ぎ良く「面子」に殉じる。

国土交通省の官僚は、時代遅れに成ろうが一度決めた公共工事は何が何でもやり遂げようとし、厚生労働省の官僚は一度認可した薬品の不都合を中々認めない。

警察・検察も裁判官も、一度犯人と決めた被疑者は相当嫌疑があやふやに成っても自分達の間違いを認めようとはしない。

つまり根底にある深層心理が「間違ったらお仕舞いの切腹」であるから過ちを認める潔ぎ良さではなく、強情を張り通す「面子」に殉じる武士道の潔ぎ良さなのである。


残念ながら、「捕虜になるくらいなら自決せよ」と教えた「武士道の国・日本人」と、敵国の遺児を周囲の批判を受けながらも育てた「仁の国・中国人」と、どちらが人間らしいだろう?

日本には昔から「井の中の蛙大海を知らず」と言う諺(ことわざ)が在りながら、困った事に「海外に行った事が無い或いは団体旅行だけ」と言う方に限って外国人に理解を示さない。

愛国心も必要だが、盲目的な愛国に成らず客観的視点も持たないと日本人は世界から孤立してしまうだろう。


言って置くが、或る目的の為に武士と言う者が発生したのは平安初期頃の事で、武士道の精神などと言う五パーセントの占有率の職業精神が成立したのは江戸期に入ってからである。

だいたいに於いて、多くの日本人が日本武士の発生ルーツや変遷をも知らないで、「格好が良いから」と「日本を武士道の国」と観念的に括ってしまう。

格好良さばかりの上っ面(うわっら)の浅い論議ではなくその影に隠れた要因を探る事が大事で、武士道の国は裏を返せば「失敗すれば切腹をする自己責任」の冷たい国で、「孤独死/無縁死」は金を貯めない本人の責任と言う国である。

上位者が金輪際律しない「武士道の国の綺麗事」を「混乱する現代社会を律しよう」とする試みを声高に言う連中は、格好は良いかも知れないが歴史的現実を無視した理想主義者の建前に終始した「たわ言」である。



日本と言う国は、皇統を始めとする血統至上主義氏族社会が永く続いたので、現代の人々も未だに血統に対しては異常な程「氏族で在りたい病」として反応する。

現代人もそうした心理背景を思考の中に内在しているから希望的に先祖が氏族で在る事を望み、儒教・儒学(朱子学)を基本として採り入れた「武士道精神」などと言う綺麗事に騙され易い。

戦争映画の軍人にしても戦国映画の武将にしても娯楽として見るならともかく、言わば虚像の部分だけ見て本気で「格好が良い」と想うのは浅くて稚拙な現象である。

そして冷静に考えれば、そんな物を武士道と崇めて大衆受けを狙う怪しげな文筆家、思想家や政治家は「最も胡散臭い人物」と言える。


この荒廃した平成の世に在って、近頃は妖しげな回帰主義者が台頭し、表面的な愛国心或いは家族愛の犠牲的精神美を謳っている。

純粋に生きる若者は美しい。

「表面的な格好良さ、美しさ」は、大衆受けするだろう。

しかし、それを殊更「美」と捉えるところにこそ本質を失う危険がある。

先の大戦時、異論を唱えた多くの知識人は実質軍政を敷いた政府の酷い弾圧に晒され、「非国民」のレッテルを貼られて沈黙を余儀なくされた。

利己的な個人主義と知識に裏付けされた少数意見を混同し、国家の進むべき方向を違(たが)えた悪しき事例である。

最近また言われ始めている「武士道の精神」は、国民を何処に連れて行こうとする企みなのか?

聞き耳の好い言葉の、格好が良い幻想の裏に、何が潜んでいるのか、考察してみたい。


本来日本人が世界に誇るべきは、己(おのれ)を殺し人を殺める武士道の国なんかではけしてない。

世界に誇るべきは、しなやかだった日本人の「共生主義」の生き方である。

この「武士道精神」を「国家の皆兵化」の為に明治維新政府が採用して、行き着いた結果が「第二次世界大戦の敗戦」だった事は忘れたのか?

つまり滑稽な事に、情緒的な綺麗事論者に拠って国の九十パーセントに当たる庶民(平民・非人)の「共生主義社会」と言う存在を無視したものである。

そして、事と次第に拠っては親兄弟の間でさえ命のやり取りに拠る領有権や覇権を争そった僅か十パーセントに満たない氏族(貴族・武士・僧侶など征服部族)の内の、更に五パーセントに満たない武士の精神=「武士道」が、我が国を代表する「固有の文化だ」と言う奇妙な主張をするのである。


そもそも、「武士道」なるものは、その発祥を徳川将軍家(三河・松平家)に見る。

徳川家康と三河家臣団の結び付きが、そのモデルに成ったのだが、その代表的な事例として、「三方ヶ原合戦」を取り上げる。

甲斐源氏・武田信玄と戦った「三方ヶ原合戦」に破れた徳川家康は命からがら逃げ帰り、切羽詰まった家康は心理の裏を書き、浜松引馬城の城門を開け放ち明々と篝火を焚かせた。

本音の所は、城門を閉じてしまえば、逃げ込んで来る後続の味方の兵を収容出来なく成ってしまうからだが、武田方ではこの所作を「何か計略があっての事」と疑いを持つ。

敗戦に追われて逃げ込みながら城門を閉めないとは、余りに常識外だったからである。

武田信玄は、深読みで警戒し、ついに城門を開け放った浜松引馬城を攻めなかったのである。

この徳川家康、良く言えば慎重、悪く言えば臆病な性格で勇猛な武門の将とはイメージが少し違う。

だが、勇猛なだけでは天下は取れない事を、源頼朝が証明している。

幾ら勇敢でも、死んでしまえば勝利には成らない。

「臆病」と言われるほど慎重に事を運ぶ者が、決着は遅くても勝利に結び付く事が多いのである。

関が原の戦いでもそうだったが、戦いの勝利と共にその前後の対処が彼の天下を握る過程を有利にして居る。

その臆病な家康が城門を開けて居たのには、彼の運命をも決定つける「彼の性格があった」のである。

ここで家康の心情であるが、浜松引馬城に逃げ帰るまでに身を捨てて自分を守った部下達を、見捨てられなかったのだ。

それ故、戦場から落ちてくる部下を、ギリギリまで救おうとして城門を開け続け、結果その事が自分を救う事になったのである。

当然ながら、家康の家臣思いの心情は戦場(いくさば)に於いて掟破りであるが、家臣に「信頼するに足りる棟梁」と通じる。

戦国期に在ってこそ、互いの信頼がいかに大切なのかを、家康はこの一事に教えられる。

関連心理効果【◆】ロックイン効果の心理理論の解説。

この経験は、家康生涯の宝となり、後の盟友を信じる生き方と時々の決断の糧として大いに生かされ、盟友・織田信長に導かれて、天下取りに進んで行く事になる。


この徳川家康と三河家臣団の結び付きが、後の徳川幕府成立後に武士のあり方の手本となり、江戸期の「べき論」として「武士道の精神(さむらい魂)」が、成立する。

昔の主従関係には思想的に家族主義が在り、鎌倉期の御家人呼称で判るように棟梁には一家内一族の生活を支える責任の側面が在った。

江戸期の中期頃までは徳川家の直参家臣は御家人で、各大名諸侯の家臣は藩士では無く家中の家来と呼んでいた。

つまり武士道は、一家内一族の生活を支える棟梁側の責任を前提とするもので、その一方が欠けた精神論だけにしてしまったのは明治政府の皆兵政策からである。

江戸期に採用されたのが、儒教・儒学(朱子学)の「忠孝思想」である。

日本は「武士道の国」と言う建前の思いが国民の間に定着しているが、それは思い違いである。

明治維新前は、武士(氏族)の方から他者と一線を隔して「武士の一分、武士の対面、武士にあるまじき」と確実に武士社会の特殊な精神で在る事を主張していた。

それが、あたかも永い歴史がある国民全体の精神で在るかのように言われる事は、危険である。

氏族社会の成立から安土桃山期に到るまでの氏族社会は、領地獲得と下克上が当たり前で、場合いによっては親子兄弟、親戚とも争っていたから、鎌倉期くらいから広まりだした儒教・儒学(朱子学)の「忠孝思想」は永い事「一部の氏族の精神思想」だった。

日本の「武士道」が、世間で言われて居るような精神的(君命なら切腹もする)なものに成ったのは、江戸期に入ってからで、つまり「武士道の精神」は、僅(わず)か江戸期の約二百五十年間に、それも国民の十パーセント(三パーレント前後)にも満たない武士と言う名の「奉職役人・官僚」身分の特権階級者の間だけに在った精神・精神的な思想である。

「武士(サムライ)」と言う名の世襲特権階級の、実に滑稽(こっけい)な「主君に対する一方的忠勤思想」が武士道である。

その滑稽(こっけい)な忠勤思想は、自虐的であり、滅びの美学を含んでいたから、見た目感動を呼ぶのだろうが、現実にはそんな思想を、建前でなく本音で守った武士(サムライ)は、もっと少ないウエイトだった筈で、それで無ければ、明治維新のおり薩長土肥の四藩連合の主体が下士(下級武士)であった事と辻褄(つじつま)が合わない。

下関戦争(馬関戦争/ばかんせんそう)薩英戦争(さつえいせんそう)で欧米列強の戦闘能力を知った尊皇攘夷派は、アッサリと倒幕一辺倒に切り替え攘夷の看板を下ろしているが、「武士としての思想信条は何処へ行った」のだろうか?
「世界の現実を学んだ」と言えばそれまでだが、本音は「どうにかして下士身分から這い上がりたい」と言う野心満々の現体制破壊が在ったのではないだろうか?

つまり仕えていた藩主の意向も、孝明天皇(こうめいてんのう)の攘夷勅命(じょういちょくめい)も無視した権力奪取が明治維新の実態かも知れない。

つまり彼らは藩の力を利用はしたが、主君(藩侯)の私兵を取り上げて封建権力をも取り上げている。

そんな武士道は本来存在しない。

主君(藩侯)やお上(幕府)を蔑(ないがし)ろにして、忠勤思想の「武士道」は成り立たないからである。

言わば、儒教・儒学(朱子学)の精神思想は永い事「氏族の精神思想」で、江戸期には幕府の政策(新井白石等が主導)で儒教・儒学(朱子学)の「忠孝思想」が「武士道(さむらい道)」の手本に成ったが、けして庶民の物では無かった。

実はこの「武士道の精神」、国民に普及したのは明治新政府の「富国強兵政策」に基づく官製プロパガンダである。

歴史的に見ると江戸期の一般の大衆(民人)はむしろ平和主義者で、武士道などは他人事だった。

つまり、大概の国民にはフィクションに近いのが、建前論の「武士道の国・日本」である。

それを、明治政府は「国民皆兵政策(徴兵制)」の為に利用して、「日本は武士道の国だ。」と言い出した。

国民は「格好の良い事」に騙され易いが、つまりは、国家体制の為に利用した精神で、今日またぞろ「武士道の国」が言い出される環境は、実は危険性を孕んでいる。

武士道も、様式美的には確かに魅力的かも知れない。しかし、耳障りの良い言葉やムードに酔わないで、真実を考察して欲しいものである。

ほんの少し昔、日本は「外国に負けない為に」と「富国強兵」の名の下に国策を推し進め、その結果領土は広がり、富は財閥と軍閥が独占し、一部の財閥と軍部は確かに良い思いをした。

その結果、国民は国が富めば「いずれ豊かに成る」と希望だけを持たされて、実情は、長年「娘を遊郭に売る生活」を強いられて、一度も良い思いをする事無く昭和二十年八月の敗戦を迎えた。

つまり、「富国強兵」は「富民強兵では無い」のである。


近頃のこの国は、上辺だけの調子の良い精神論の意見が持て囃(はや)される様で残念で成らない。

国家の品格」に武士道を持ち出すのは大間違いで、それを提唱する者は、まるで歴史的事実を知らないしょうもない精神論者である。

永い歴史の中で、血統(産まれ)だけを根拠に「搾取を生業(なりわい)」としていた武士道に「品格」などある訳が無い。

そうした事実を建前に隠して憧れ沁みた格好が良い事を言うから、日本人は逆上(のぼ)せ上がる。

もう、現実離れした奇麗事を並べられるのは勘弁して欲しい。

江戸期の全国民の僅か三パーセントの武士の内、本当に美しい武士道精神を純粋に持って実践していた気高い武士は、いったいどの位のウエイトを占めていたのか?

もし、美しい武士道精神の持ち主ばかりなら、今で言う汚職事件や不祥事など江戸期には皆無でなければいけないのだが、幕府にも各藩にも汚職事件や不祥事は後を絶たなかった。

テレビドラマの水戸黄門徳川吉宗も架空の話だが、不純な精神の武士が多かったのは事実である。

日本は「武士道の国」と言う建前の思いが国民の間に定着しているが、それは思い違いである。

氏族社会の成立から安土桃山期に到るまでの氏族社会は、領地獲得と下克上が当たり前で、場合いによっては親子兄弟、親戚とも権力を争っていたから、鎌倉期くらいから広まりだした儒教・儒学(朱子学)の「忠孝思想」は永い事「一部の氏族の精神思想」だった。

しかし、お堅い筈の「儒教」についても実は扱い方次第である。

清廉を謳い文句に「儒教の国」と誇り高きお隣りの朝鮮半島においても、性的愛玩を含む身分階級制度は、間違い無く存在していた。

朝鮮王朝(チョソンワンジョ)の身分制度は、上から王族、両班(ヤンバン・特権貴族階級)、中人(チュンイン・科挙に合格した役人)、良民(ヤンミン・常民と呼ぶ普通の身分)で、最下級は奴婢(ヌヒ・奴隷)である。

最下級は奴婢(ヌヒ・奴隷)は、公に王朝政府が抱える賤民(せんみん)を公奴婢(くぬひ)、地方の豪族が所有し、基本的に家畜と同じ所有物扱いの私奴婢(しぬひ)と呼ばれる身分の者が定められ、被差別階級に組み入れて隷属的に支配されていた。

つまり、公奴婢(くぬひ)と私奴婢(しぬひ)は非人(奴隷)であり、家畜同然だったから儒教の精神は都合良く及ばない理屈で、公奴婢(くぬひ)の遊技の妓生(キーセン)制度は公に存在し、私奴婢(しぬひ)は抱え主の両班(ヤンバン)の愛玩要素を含む慰め者だった。

この辺りの考え方は、ご多分に漏れず国家体制を維持する為に特権階級を設けて実力者を取り込み、王朝に忠誠心を持たせる狙いであるから、奇麗事の「儒教の精神」に組しない例外扱いだったのである。

また宮廷の医女(イニョ)も身分は公奴婢であり、遊技の妓生(キーセン)同様に両班(ヤンバン)のストレス解消の為の慰め者だったのが実情で、現代で言うヘルス嬢的な愛玩要素を含んでいた。

身分を示す帽子状の被り物の形状が、医女(イニョ)と妓生(キーセン)はまったく同じで、医女の身分は「奴婢(ヌヒ)」で在った。

だから、両班(ヤンバン)に取っては逆らえない性奴隷同然の存在で、医女を妓生(キーセン・日本で言う芸者)扱いする悪弊は、李氏朝鮮の燕山君の時代に生まれ、内医院(ネイオン・宮中の医局)の風紀が乱れ、「儒教の国」の精神も多分に統治上の権力的例外が存在したのである。
 

支配者の血統身分である氏族(武門)の間では、その価値観である支配権の為に親子兄弟でも「討つ討たない」の抗争が珍しくない時代が千五百年以上続いた。

この「戦は武士の本分」の原点は、勝手に渡来して縄張りを広げて行った氏族の覇権主義に在ったもので、何も武士の本分は格好の良い物ではなく、切り取り強盗の親玉みたいな物である。

支配権の為に、親子兄弟でも武力抗争をする氏族(武門)の精神が立派とは思えないが、それを見てくれだけの格好良さで手放しに「武士道の国」と胸を張るのはいかがなものか?

その一方で庶民(民人)は生きる為に「村社会」を形成し、独特の性習慣の元に村落の団結を図って生き長らえる方策を編み出している。

私の愛した日本の性文化飛ぶ。

つまり、支配者である氏族(武門)と被支配者である庶民(民人)は「全く違う価値観と生活習慣でそれぞれが生きる」と言う特異な二重構造が形態化していて両者に武道精神的な統一性など無かった。

そして武士道など知った事ではない被支配者である庶民(民人)は「村社会」を形成し、あらゆる意味で融通し合い助け合い、共同で安全を確保して生活している。

拠って日本を「武士道の国」などと一括(ひとくく)りに言う輩は、余りにも歴史を知らないか、何かの危険な目的を持っているかのどちらかである。


武士道の精神にまつわる織田信長のエピソードがあるので紹介す有る。

信長が吉法師と名乗った若き頃より「大虚け者(おおうつけ)」と言われたのは、彼の常識破りな考え方や行動が常人に理解されなかったからである。

信長が十歳の頃の事である。

初夏を迎えたある日、彼は庭のもみじの木の根元を熱心に見ていた。もう一刻ほどになるが、見ていたのは蟻の巣だった。

先ほどから、黒蟻が無数に集って行列を作り、数十倍も大きい蜘蛛の屍骸を運んでいた。

「非力なものでも、一度に懸かれば意外な力になる・・・」
信長の組織戦の原点である。

考える事がそんなだから、付き家老や戦術師範の教えなど信長は頭から「間違っている」と信用しない。

信長は戦国時代の武士の風習を良しとせず、当時としては新しい団体戦法を考えていたのだが、それは配下の武士達の物凄い抵抗に合っている。

例え武士と言えども、戦はしていても元々始めから「死にたい」と思って戦をして居るものは、そう多く居る訳が無い。

本音を言えば、良い思いをしたいからこそ、武士はいささか危ない思いをしても戦はする。そこまで行かなくても、行き掛かりで止むを得ずにする戦も在る。

そう言う訳だから、戦は充分根回しをした謀事で決着をつけるか、若い者達の無鉄砲な気力が役に立つくらいで、古参の武士など現代の映像で見せられるように格好の良い戦ぶりは少なく、互いに「こけ脅(おど)し」とヘッピリ腰の合戦が現実だった。

それを「武士道のフェアプレィ精神(尋常に勝負)だ」と綺麗事を喧伝する輩がいるが、命をやり取りする切り合い(殺し合い)にフェアプレィが存在するなど本来おかしな話である。

戦国時代になって特にこの傾向が顕著になったのだが、武士道に於けるフェアプレィ精神(尋常に勝負)のルーツをバラセば、実の所「恩賞の確定」と言う止むに止まれぬ事情があっての事だった。

この事は後に講談師や脚本家、果ては明治維新政府から昭和初期の戦陣訓にまで利用される武士道の精神にまで発展するので明記して置くが、旧勢力にとっては「名乗ってから切り合う」個人戦が、譲りがたい利権だったのである。

本来、戦場で自分の手柄を公に認めさせる為に始めた「名乗ってから切り合う」は当時の武士の暗黙の了解で、それが「恩賞の決め手」と言う常識なのだ。

それを、団体戦にされると手柄を雑兵に持って行かれる。

つまり織田信長の提案した団体戦は上級武士の利権がらみなのであるから、それで事の是非ではなく旧勢力は頭から抵抗する。



日本の武士道が、世間で言われて居るような精神的(君命なら切腹もする)なものに成ったのは、江戸期に入ってからで、その後の僅(わずか)二百五十年間の事である。

言わば、儒教・儒学(朱子学)の精神思想は永い事「氏族の精神思想」で、江戸期には幕府の政策(新井白石等が主導)で儒教・儒学(朱子学)の「忠孝思想」が「武士道(さむらい道)」の手本に成ったが、けして庶民の物では無かった。

当然ながら、武士道は国民の数パーセントを占めるだけの特権階級、武士(サムライ)の精神的な思想だった。


明治新政府は、王政復古によって神道による国家の統一を目指し、それまでの神仏習合から仏教の分離を画策して、廃仏棄釈(はいぶつきしゃく)と銘銘し、仏教の排斥運動や像、仏具類の破壊活動が行われた。

つまり、強引に皇統の神格化を図ったのである。

明治政府の行き過ぎた天皇の神格化は、握った権力を離したくない欲心が、成せるもので有った筈で有る。

いかに崇高な理想に燃えた人物でも、統治権を手に入れた途端、「鵺(ぬえ)」に変身するのが、人間で有る。

維新後の経緯を見る限り、薩長維新政府は極端な天皇親政政策を隠れ蓑に、強引な神国政策を強行し、「日本を駄目にした」と考えられる。

維新以後の歴代政府は、儒教を道徳の柱にして国家の統制を図った。

当然ながら「嘘はいけない事。」と散々教えた。

その政府が、「国民に不安を与えたくない」の理由で、負け戦を「勝った勝った」と詐称発表した。

東条英機氏が首相を勤めた戦時中の「大本営発表(だいほんえいはっぴょう)」である。

「国民の士気を落とさない為」と、負け戦を勝ち戦と情報操作した大本営発表(だいほんえいはっぴょう)は武士道に叶うのか?

すると、「嘘はいけない事。」と言うのは、国民限定の戒めで下々(しもじも)限定の道徳的教えらしい。

それが証拠に、戦後六十年間を経た現在でも政治に嘘が蔓延している。

武士道の国・日本」と「大本営発表」、この矛盾を解消しない限り、日本の政治家の言う事は建前以外の何物でもない。

道徳思想自体を反対する訳ではない。

忠孝思想」には良いものが沢山あるから、それは採るべきであるが、悪用される危険が潜んでいる事を自覚しなければならない。

忠孝思想」に危惧感を抱くのは「忠」の部分である。

明治政府は、この「忠」を道徳の柱として「国民皆兵政策と国家への忠誠心」に利用した。

「忠」の部分を拡大解釈して、上位の命は理不尽な事でも受け入れる江戸期の「武士道精神」を、明治政府は「国家思想」とした。

この「黙って上の者の言う事を聞け」の「忠」は、権力者には反対や反抗を封じる手段として都合の良い、危険なものである。

しかし、その「忠孝思想」が暴走して、国民は酷く理不尽な戦争を「忠」の名の下に戦わされたのである。

そうした過去の検証を、確り整理作業をして消化して行くべき部分が無く、只「道徳教育に取り上げ様」と言う所に、現政府の何か妖しい意図を感じる。

未だに「忠孝思想」の美学幻想で、「黙って上の者の言う事を聞け」の官僚・役人や政治家、会社の上司が存在するが、本来物事は是々非々で進める事が民主主義の基本である。


品格を持たない指導者が陥る手法に「競わせる」がある。

企業経営では重要な事だが、何かを鼻先にぶら下げて部下を「競わせる」と言うこの方法は、即効性が有るかも知れないが「部下の品格」は育たない。

この【左脳域】志向である「競わせる」の裏に育つのは、「手段の為には何でもあり」の悪しき憎悪の感性である。

こうした状況に陥ると、結果、内部での足の引っ張り合いが始まり組織としての結束は崩れる。

徳川家康は当時の武将としては珍しく、この「競わせる」の手法を取らなかった。

それでも徳川家臣団は自ら競って忠勤に励んだのである。

徳川家康と三河家臣団の結び付きは、首領(武家の棟梁)である家康の家臣に対する気配り思い遣りが前提に在っての新しい信頼関係で、徳川幕府成立以前の武士(氏族)には、江戸期における「武士道の精神」などはなく、下克上(げこくじょう)の世界だった。

それ故、この「武士道の精神」もって「日本人の心」と言い張るのは、いささか格好の付け過ぎであり、この幻想を利用して国民を戦地に送った大戦が、ほんの一世代前に在った事を忘れてはならない。

それに、この武士道の精神の発祥条件(家康の心情)から考えると、一方的な忠勤思想(忠誠心)は、既に家康以後の権力者によって歪曲されたものであり、本来相互に信頼が通う為には、一方的な忠勤思想(忠誠心)を押し付けるものでは在り得ない。

現代の政治に求められているのは、この【右脳域】と【左脳域】の発想のバランスが良い徳川家康型の政治家である。

しかしながら残念な事に、織田信長を信奉する【左脳域】の発想一辺倒の身勝手な男しか現れず、小泉・竹中政治の「情が失われた五年間」は、まさに【左脳系価値観】一辺倒の、取り返しが付かない偏重政治で、利害と計算の殺伐とした社会に拍車を掛けている。

美しくなれる興奮の解説右脳・左脳とベータ・エンドロフィン】飛ぶ。


この妖しげな「国家の品格武士道の国日本」を日本人のプライド(誇り)として「意識改革を試みよう」と言う動きが頻繁に見受けられる。

プライド(誇り)とは奇妙なものである。

相手に対してプライド(誇り)を全面に出す事は諸刃の剣で、それで身を律するのであれば良い事だが、ややもするとそれが相手を理解しょうとしない心無い態度と成ってしまう。

それが国家間や民族間でもそうで、民族(日本人)のプライド(誇り)と「声高く言う」と正しい事に思えるが、側面から見るとプライド(誇り)の脇には比較として見下げる相手が必要になる。

謙虚に考えれば、日本国は裕福に過ごして来たがそれを持って日本人が優秀とは限らない。

日本国は極寒の地でもなく猛暑の地でもなく、水は豊かで緑は生い茂る自然豊かな風土で、それだけでも気候と言う自然資源は他国より恵まれていた。

他国に於いては自然資源と言うハンデを抱える国は多く、当然ながらハンデの為に近代文明における進歩が遅かった国や民族を、国家の体制固めの為に見下げるプライド(誇り)教育を施した悪例が多い。

国家の品格武士道の国日本」と耳触りの良い話しを聞けば気持ちが良いかも知れないが、プライド(誇り)を肯定するだけでは安易では無いだろうか?

大事なのは真実で、言葉に踊らされてはならない。

国家の品格」と言うと非常に聞き耳良く聞えるが、良く考えて欲しいのは「国家」と「国民」が必ずしも一致しない事である。

政治家と官僚はふた言目には「国家の為」と言うが、それは時に国家の為に「国民」を犠牲にする事を含んでいる。

その覚悟と理解が、「現在の日本国民に在る」とは思えない。

「家」の概念は時代と伴に変わる。

氏族は、古(いにしえ)より血統を基本とした「家」を大事にした。

それが江戸幕府(徳川政権)の忠勤思想(儒教・儒学/朱子学の精神思想)武士道に拠って「仕えるお家の為」に成り、維新後の明治政府に拠って「国家の為」へと変貌して行く。

その「国家の為」と言う掛け声の奇麗事で、多くの民に犠牲を強いたのが先の世界大戦(太平洋戦争)だったのである。


それは日本人の誇りは我輩にも大切である。

だからと言って、然したる検証も無しに「日本人は優秀だ、日本人は立派だ」と盲目的に聞き耳の良い言葉ばかり並べている間に、世界中から置いて行かれる懸念を感じるからこそ、一度「この国の歴史を振り返って見たい」と思い着いたのである。

◆【皇統と鵺の影人 飛ぶ。

まぁ、国民に品格は取り戻せても、「国家に品格が戻る」と言う事には、私は大いに懐疑的である。

何故ならば、古今東西、権力闘争に明け暮れる指導者に「品格が在る」などと言う事は、皆無に近いほど私は承知していない。

我輩が物心付いた五十年前に巷(ちまた)で言われていた戯言(ざれごと)が「嘘つきは政治家の始まり。」だった。

近頃「国家の品格」なる論議が在るが、怪しげな「国家の品格論議」よりも、どうやら利権第一族議員の「政治家の品格」・自分達の天下り利権第一の「官僚の品格」・非正規労働者を使い捨てにする「大企業経営者の品格」を一度考えて見る必要が在る。

つまり世間に名の在る人々が、欲だけでものを考える恥を知らない「品格無き嘘つき者」ばかりに成ってしまった。

庶民側にだけ「品格が在る」とは言わないが、「政治家・官僚・大企業経営者」の品格の無さは多くの人達に影響が大きい分その罪は深い。


物を取れば泥棒だが国を取れば英雄で、一人や二人殺せば殺人者だが国取りに大勢殺しても英雄なのが大いなる矛盾であるが、それに大儀の言い訳を付加して取り繕うのが「官製文献」である。

奇麗事の「建前歴史観」など、為政者は「古事記・日本書紀の官製文献」以来の壮大な虚構創りに血道を上げている。

日本人は「本音と建前を使い分ける」と言われているが、実はこの「建前」、日本人のズルイ所で体(てい)の良い「偽り」である。

他国の人間にすれば、建前が本音で無い以上はどう取り繕っても「偽り」以外の何ものでもない。

所が日本人は、「建前」を綺麗に言いさえすればそれで通って来たから、何でも「建前」で済まそうとして核心をはぐらかせてしまう。

ちなみに、この「建前」と言う言葉(単語)は、文化の中継地として我が国(日本列島)の歴史に大きな影響をもたらした筈のお隣りの国、「韓国(朝鮮半島)」でさえ存在しない日本独自の言葉(単語)である。

この「建前」こそが、現代の日本の官僚裏支配(選挙による代議士政治の偽り)にも通ずる「日本」と言う国で起こった「武士道」の偽りであり、永きに渡った氏族支配社会における民(良民・賤民/せんみん、奴婢/ぬひ)の知恵で、勿論本音は別だった。

こんな物(建前)は、イエス・ノーのはっきりした他国の原語で言えば、態(てい)の良い「騙し(偽り)」と言う事に成る。

他国のコミニケーションはもっとストレートにリアルなものであり、「建前」と言う言葉を持つ我が国は、世界でも珍しい「逃げ道を持つ国」と心得るべきである。

建前武士道など残酷なもので、幕末期に於いて「剣の腕が立つ」など見掛け格好は良いかも知れないが、それは只の古風な侍の羨望や庶民の憧れで、役に立つのは精々人切り暗殺の類である。

本当の力は知恵の方に在る事を、坂本龍馬を始めとする有意の志士達は知っていた。

武市瑞山(半平太)などは「かなりの使い手」と評されているが、大抵の修羅場は逃げの一手だった。

哀れだったのは、武士道建前を信じて暗殺の道具にされた岡田以蔵(おかだいぞう)田中新兵衛(たなかしんべえ)らや、新撰組の近藤勇(こんどういさみ)土方歳三(ひじかたとしぞう)達だったのでは無いだろうか?


人間の世の中は矛盾に満ちたもので、「戦う正義」もあれば「戦わない正義」もある。

つまり、個々のイメージ(心像・形象・印象)を基にする選択肢の中から何を採るかの問題で「不変的な正義」など存在しない。

同様に、アンカリング効果ロックイン効果に拠る判断などは個々のイメージの最たるもので、新しい発想を阻害するものであるから、そんな不確かなものを根拠に他者の異論に聞く耳を持たない者は愚か者である。

本物の物書きに求められる使命は、時流に流されない独自の洞察力を駆使して見落とされ勝ちな考えるべき課題を読者に投げかける事である。

つまり「国家の品格・武士道の国日本」は、「建前」のまやかしなのである。

何の事は無い、日本人武士道説や道州制案の建前の綺麗事にうかうかと乗せられる輩は、小泉純一郎氏の郵政選挙にうかうかと乗せられた愚民と意識が共通しているのである。

幾ら精神論だとしても、この情報化社会に在って高度な教育を受けさせた世代に「日本は神の国だ。」や「日本は武士道の国だ。」と言った所で懐疑的に受け取られるだけである。

それでも「日本は武士道の国」と言い張る方は、その根拠を「個人の感情」に置いているので、論議は噛み合わないのである。

関連小論
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◆【切捨て御免のルーツ飛ぶ。



【了】

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凌 虐 の 裁 き

(りょうぎゃくのさばき)


未来狂 冗談 作

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ショート・ストーリーです。よろしかったら、お読みください。


【*】短編人生小説 (3)

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短編小説(1)

「黄昏の日常」

我にしてこの妻あり


未来狂 冗談 作

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ショート・ストーリーです。よろしかったら、お読みください。

【*】女性向短編小説 (1)

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短編小説(1)

「アイドルを探せ」

青い頃…秋から冬へ


未来狂 冗談 作

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ショート・ストーリーです。よろしかったら、お読みください。

【*】社会派短編小説(2)

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社会派短編小説(2)

「生き様の詩(うた)」

楢山が見える


未来狂 冗談 作

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ショート・ストーリーです。よろしかったら、お読みください。

◆HP上 非公式プロモート・ウエブサイト公開作品紹介◆

【小説・現代インターネット奇談 第一弾】


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「小説・現代インターネット奇談」
【電脳妖姫伝記】

【*】和やかな陵辱


(なごやかなりょうじょく)


未来狂 冗談 作

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【小説・現代インターネット奇談 第二弾】

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戦 後 大 戦 伝 記

夢と現の狭間に有りて

(ゆめとうつつのはざまにありて) 完 全 版◆


未来狂 冗談 作

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「あえて、暴論」

ジョウダンの発想

◆冗談 日本に提言する◆

未来狂 冗談 作

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◆メルマガサイト◆
冗談 日本に提言する・・・(来るべき未来に)

◇◆◇メルマガ・サンプル版◇◆◇ 冗談の発想が詰まった内容です!
ぜひぜひ読んで、感想をお聞かせ下さい。
異論・反論も大歓迎!!

====(日本史異聞シリーズ)第六作====
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「小説・怒りの空想平成維新」

◆たったひとりのクーデター◆

未来狂 冗談 作

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◆メルマガサイト◆
{「たったひとりのクーデター}・・・・・・・・(現代)

◇◆◇メルマガ・サンプル版◇◆◇ 特に経営者の方には目からウロコの内容です。
小説としてもおもしろく、実現できれば
不況は本当に終わります。

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非日常は刺激的

 愛の形ちは、プラトニックにいやらしく

◆仮面の裏側◆

未来狂 冗談 作

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◆メルマガサイト◆
仮面の裏側・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(現代)

◇◆◇メルマガ・サンプル版◇◆◇ 人の心って複雑ですね。
とくに男女の恋愛に関しては・・・
ちょっとHでせつない、現代のプラトニックラブストーリー。

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非日常は刺激的

 

◆仮面の裏側外伝◆

未来狂 冗談 作

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◆{短編集 仮面の裏側・外伝}・・・・・・・・(現代)

◆ウエブサイト◆「仮面の裏側外伝」

====(日本史異聞シリーズ)第一作====
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東九州連続怪死事件・事件は時空を超えて

◆八月のスサノウ伝説◆

未来狂 冗談 作

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◆メルマガサイト◆
八月のスサノウ伝説・・・・・・・・・(神話時代)

◇◆◇メルマガ・サンプル版◇◆◇ 東九州で起きた連続怪死事件。
そして現代に甦るスサノウの命、
時空を超えたメッセージとは・・・

====(日本史異聞シリーズ)第五作====
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「権力の落とし穴」

本能寺の変の謎・明智光秀はかく戦えり

◆侮り(あなどり)◆

未来狂 冗談 作

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◆メルマガサイト◆
侮り(あなどり)・・・・・・・(戦国〜江戸時代)

◇◆◇メルマガ・サンプル版◇◆◇ 天才信長とその最高の理解者、明智光秀。
だが自らを神と言い放つ信長は
「侮り」の中で光秀を失ってしまっていた・・・

====(日本史異聞シリーズ)第四作====
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南北朝秘話・切なからず、や、思春期

◆茂夫の神隠し物語◆

未来狂 冗談 作

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◆メルマガサイト◆
茂夫の神隠し・・・・・・・・・(室町南北朝時代)

◇◆◇メルマガ・サンプル版◇◆◇ 誰もが通り過ぎる思春期、
茂夫の頭の中はHなことでいっぱい。
そんな茂夫が迷宮へ迷い込んでく・・・

====(日本史異聞シリーズ)第三作====
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鎌倉伝説

非道の権力者・頼朝の妻

◆鬼嫁・尼将軍◆

未来狂 冗談 作

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鬼嫁 尼将軍・・・・・・・・・・(平安、鎌倉時代)

◇◆◇メルマガ・サンプル版◇◆◇ 今は昔の鎌倉時代、
歴史上他に類を見ない「鬼嫁」が存在した。
その目的は、権力奪取である。

====(日本史異聞シリーズ)第二作====
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うその中の真実・飛鳥時代へのなぞ

◆倭(わ)の国は遥かなり◆

未来狂 冗談 作

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◆メルマガサイト◆
倭の国は遥かなり ・・・・・・・・・・・(飛鳥時代)

◇◆◇メルマガ・サンプル版◇◆◇ 韓流ブームの原点がここに・・
今、解き明かされる「二千年前の遥か昔」、
呼び起こされる同胞の血

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◆作者 【未来狂冗談(ミラクル ジョウダン)ホームページ紹介 】

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(18禁)蒼い危険な賭け・京香 作品を見る

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(一般作)夢と現の狭間に有りて 作品を見る

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作者本名・鈴木峰晴